しかし、吸気後、ピストンが圧縮を始めると、どうしても気体温度が上がる。圧縮すると温度が上がるのは気体の物理特性なので、いかんともしがたい。しかも燃料を含んだ混合気なので、ある温度を超えると、プラグの着火を待たず自己着火して燃え始めてしまう。その場合、燃焼してガスが膨張し始めているにも関わらず、ピストンが圧縮を続けるため、エンジンは設計強度以上の圧力を受けて壊れてしまう。これを早期着火という。
トヨタの高効率ガソリンユニット、ダイナミックフォースエンジン2.0。熱効率は驚異の41%を誇る
もうひとつ、異常燃焼という現象がある。燃焼室内の混合気は草原で火が燃え広がるように、短時間とはいえ火炎伝播(でんぱ)によって燃焼が広がる。着火点周辺の混合気が燃焼して膨張を開始すると、火炎がドミノ倒しのように広がっていく過程で、圧縮圧力は乗数的に増えて行く。燃焼室の端の方へ伝わる頃には、未燃焼の混合気に加わる予圧縮はケタ違いになっている。内燃機関は事前圧縮が高いほど多くのエネルギーを受け取ることができるので、プラスもあるのだが、それも程度問題。一定以上に圧力が高まると燃焼が暴走する。
よく「吸気・圧縮・爆発・排気」と言う人がいるが、エンジニアはコントロールされている燃焼を「爆発」とは絶対にいわない。「吸気・圧縮・燃焼・排気」なのだ。
コントロールを外れた燃焼は爆轟(ばくごう)に至る。爆轟とは衝撃波を伴う急速な燃焼だ。この衝撃波が燃焼室やピストン表面を覆う境界層を吹き飛ばしてしまう。熱い風呂に入ってじっとしていると、体の表面に少し温度の低い層ができる。だからかき回すと熱くなる。あれと似たように、金属表面には低温の保護層(境界層)ができているから、あの燃焼温度に耐えるのであって、境界層が無ければ金属は溶けてしまうのだ。この早期燃焼と異常燃焼を合わせてノッキングという。
この問題があるため、本当はエネルギー効率のために上げたい圧縮比を我慢しなければならず、それがガソリンエンジンの熱効率改善の道を阻んでいる。つまり、どうやってこのノッキングを排除し、圧縮比を上げるかが技術的課題であった。
- 暴走が止まらないヨーロッパ
英政府は、ガソリン車、ディーゼル車の新車販売を、ハイブリッド(HV)とプラグインハイブリッド(PHEV)も含め、2035年に禁止すると発表した。欧州の主要国はすでに2040年前後を目処に、内燃機関の新車販売を禁止する方向を打ち出している。地球環境を本当に心配し、より素早くCO2削減を進めようとするならば、理想主義に引きずられて「いかなる場合もゼロエミッション」ではなく、HVなども含めて普及させる方が重要ではないか。
- 水素に未来はあるのか?
「内燃機関が完全に滅んで、100%全てのクルマがEVになる」という世界は、未来永劫来ないだろう。そのエネルギーミックスの中にまさに水素もあるわけだが、FCVにはいろいろと欠点がある。しかし脱化石燃料を目標として、ポスト内燃機関を考え、その候補のひとつがFCVであるとするならば、化石燃料の使用を減らすために「化石燃料由来の水素」に代替することには意味がない。だから水素の製造方法は変わらなくてはならない。また、700気圧という取り扱いが危険な貯蔵方法も変化が必要だ。
- トヨタがいまさら低燃費エンジンを作る理由
トヨタは2021年までに19機種、37バリエーションものパワートレインの投入をアナウンスしている。内訳はエンジン系が9機種17バリエーション、トランスミッション10バリエーション、ハイブリッド系システム6機種10バリエーションと途方もない。なぜいまさらエンジンなのだろうか?
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「ガソリンエンジンもディーゼルエンジンも無くなって電気自動車の時代が来る」という見方が盛んにされている。その受け取り方は素直すぎる。これは欧州の自動車メーカーが都合の悪いことから目を反らそうとしている、ある種のプロパガンダだ。
- 電動化に向かう時代のエンジン技術
ここ最近、内燃機関への逆風は強まるばかりだ。フランスやドイツ、あるいは中国などで関連する法案が可決されるなど動きが活発である。それにメーカーも引きずられ、例えば、ボルボは2019年から内燃機関のみを搭載したクルマを徐々に縮小していくという。
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ここ10年、自動車の燃費は驚異的に改善されつつあり、今やハイブリッドならずとも、実燃費でリッター20キロ走るクルマは珍しくない。なぜそんなに燃費が向上したのだろうか? 今回は経済的な観点から考えたい。
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