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» 2020年05月24日 15時10分 公開

コロナ禍を機に考える「定年後の自分」(5):家の中でも管理職のように振る舞い、嫌われる65歳元大手電機メーカー役員のリアル (1/3)

今回のコロナ禍では一部の高齢者による地域社会でのモラルが皆無な行動に対し、「暴走老人」などといった批判が生まれ、新たな火種となりそうな状況です。医学博士の高田明和氏が、50代のうちに「定年後の自分」に早く向き合う必要性を事例とともにお伝えします。今回は、定年後に地域や家庭で孤立を深めていった男性の事例です。

[高田明和,ITmedia]

 「朝、店頭に並べない現役世代を尻目にマスクを買いだめする老人」

 「本当は在庫を隠しているのだろうと店員に食い下がる高齢男性」

 「列に割り込み、注意した人に暴力を振るう70代男性」……。

 今回のコロナ禍では日本全体が緊張感につつまれるなか、一部の高齢者による地域社会でのモラルが皆無な行動に対し、「暴走老人」などといった批判が生まれ、新たな火種となりそうな状況です。一方で、高齢者がなぜそのような行動に走るのかを、自分の将来の姿に重ね合わせながら考えるきっかけにもなった人は多いのではないでしょうか。

 定年を境に男性は、それまでの会社生活とは異なる環境変化に戸惑い、なかにはうつや認知症を引き起こしたり、病気までとは言わないまでも、怒りっぽくなったり、暴言や奇行が目立つようになったりするケースが見受けられます。それらは介護や認知症並みに地域や家庭での深刻な問題になっているのが現実です。

 そこで大事なのが50代の現役のうちに、定年後のさまざまなことを想定しておき、準備しておくことです。この連載では、『定年を病にしない』(ウェッジ刊)より、医学博士の高田明和氏が、50代のうちに「定年後の自分」に早く向き合う必要性を事例とともにお伝えします。今回は、定年後に地域や家庭で孤立を深めていった男性の事例です。

photo 仕事に生きてきた人ほどこの傾向が強く、肩書を失って対等の関係を求められる老後はストレスがたまる(以下、写真提供:ゲッティイメージズ)

定年後は肩書が通じず、対等な関係が求められる

 大手電機メーカーで役員を務めていた則之(65歳・仮名)は今年、定年退職した。毎日することもなくリビングのソファで寝転んでばかりいたので、見かねた妻は自分が参加する近所のサークルに引っ張っていった。

 自己紹介のとき、則之は自分の経歴を長々と自慢げに話したが、この時点で周りの反感を買っていることに気付かなかった。次の集まりではサークルの活動を批判。その場で会長とケンカになって退会へと追い込まれた。妻は家庭でも則之が管理職のように振る舞うことに嫌気がさしていたので、どうしてサークルに連れていったのだろうと後悔した。

 則之には37歳の息子がいるが、仲が悪かった。大学受験に失敗し、則之がことあるごとにそのことを責めたので、社会人になってから家に寄りつかなくなった


 エリートな人生を歩んだ人ほど、自己評価が高いものです。大勢の部下を指揮して業績を上げた自尊心が強いため、定年後もエラそうにしてしまう人が少なくありません。しかし、これはあくまでも会社での地位であって、定年後は関係ありません。ここが分かっていないと苦労します。

 長い会社員生活で染みついた上下関係が、出会う人全てを力関係で見定め、会社での関係であるかのように振る舞ってしまうのです。則之さんの場合、大手企業で役員まで上り詰めた人なのでなおさらでしょう。これでは、誰からも必要とされなくなってしまいます。

 仕事に生きてきた人ほどこの傾向が強く、肩書を失って対等の関係を求められる老後はストレスがたまります。人間関係がうまくいかず、孤独になりやすいのです。過去の輝かしい自分の姿が捨てられず、会社での地位を忘れられず、肩書を失った振る舞いができない。

 これでは定年後の人生をスタートさせることが、いつまでもできません。このままでは寂しさや怒り、孤独からくる不幸感が深まるばかりで、よく報じられるような「暴走老人」となってしまう可能性が高くなるでしょう。

 則之さんのような人は、自分で楽しみを見つけるしかありません。誰も助けてはくれないからです。昔の肩書を捨てない限り、友達はできないと肝に銘じるべきです。定年後の友達には、対等な関係が必要なのです。

 ただ、求めれば話ができる友達がいれば、孤独ではありません。いつも一緒にいてくれる友達がいない、と思うと孤独になってしまいますが、定年後の友達に、そこまで求めなければいいだけのことです。

 例えば、私は碁会所に囲碁を打ちにいくことがあるのですが、そこで友達ができました。といっても、碁会所以外で会うのは3カ月に1回くらいです。それでも楽しいものです。

 極端に思われるかもしれませんが、定年後に親友なんてできないと思ったほうがラクです。そんなことは、多くの人が気づいているのではないでしょうか。それなのに、あたかもいつでも会える親友をつくらなければならないように思ってしまう。これはおかしなことです。長年の親友ですら近所に住んでいない限り、そんなに頻繁に会うことはないかと思います。

photo 定年後に親友なんてできない。だが囲碁などを打つことによって話ができる友達はできるかもしれない
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