見えてきた中央銀行デジタル通貨の「想像図」星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(2/4 ページ)

» 2020年08月05日 07時08分 公開
[星暁雄ITmedia]

CBDCめぐる論点は多い

 今まで説明してきたCBDC「想像図」は、現時点での専門家らの議論などを材料として「ありそうなシナリオ」を組み立てたものだ。この通りになるかどうかは、もちろん分からない。

 それでも想像図を描き出した理由は、話の見通しを良くするためだ。CBDCをめぐる議論では多くの選択肢がある。CBDCには、アカウント型(銀行口座などと同様のスタイル)とトークン型(仮想通貨、暗号資産と似たスタイル)がある。日本の専門家らの議論ではトークン型に落ち着く可能性が高そうに見える。ただし、世界の中央銀行デジタル通貨の動向がアカウント型に傾けば、結論は変わるかもしれない。

 「中央銀行がエンドユーザーに向けて直接サービスを提供するかどうか」も、一つの選択肢だ。カンボジアが実証実験を行っているCBDCの「Bakong(バコン)」は、中央銀行が決済アプリを提供するスタイルだった。

 一方、スウェーデンが実証実験を行っている「e-krona」は市中銀行を通してデジタル通貨を発行し、スマートフォンアプリの形のウォレットで扱う形態である。日本では、中央銀行が自らエンドユーザー向けサービスを提供することに対して強い抵抗感があるようだが、ここがどう決着するかは分からない。

 日本銀行の最新レポートを見る限り、中央銀行デジタル通貨のシステムにブロックチェーン技術を採用するかどうかは不透明だ。「実績が浅いブロックチェーン技術を避け、すでに実績があるJR東日本のSuicaのような形態のシステムを使おう」という議論が出てくるかもしれない。とはいえ、世界的な動向としてはデジタル通貨の実装ではブロックチェーン技術を活用する方向に進みそうだ。

 スマートフォンアプリとは別に、カードサイズの専用端末にCBDCをチャージして使う利用形態が出てくるかもしれない。日本銀行は、中央銀行デジタル通貨では紙幣と同様の機能を提供する考えから、ネットワークや電源が使えない状態でもCBDCを交換できる専用端末やオフライン決済手段の研究を行っている(資料参照)。ただし、この取り組みが実際に世の中に登場するかどうかは、まだ分からない。

 CBDCの目的として、諸外国では金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)をまず挙げる場合が多い。銀行のサービスを受けられない人や、現金を安心して扱えない状態に置かれた人の利便性を高めるためにCBDCを発行する考え方だ。一方、日本では銀行サービスや現金の扱いに困っている人はほとんどいないという認識があり、CBDCの金融包摂の側面はあまり重視されていない。それに変わって出ている議論が、「マネーの壁」を取り払い複数の決済システムの相互運用性を高めること、それに情報の入れ物として使えることである。

 CBDCの議論で挙がっている本人確認(KYC)や保有額上限の制限は、国民から見れば不便に見えるだろう。厳しくしすぎると、不便すぎて使われないままで終わる可能性もある。

 このように議論は収束したとはいえない段階だが、少なくとも「中央銀行デジタル通貨を発行する方向で検討していく」ことで主要先進国の考えは一致している。日本がこの世界的なトレンドに逆らうことはないだろう。

マネーとは譲渡可能な債権――専門家の議論から見えてくるもの

 ここで専門家の議論の内容を見ていきたい。いままで説明してきた「想像図」の材料となる部分である。

 7月22日、デジタル通貨を議論する学術シンポジウム「デジタル通貨と決済システムの未来」が開催された。主催は東京大学金融教育研究センター(CARF) フィンテック研究フォーラムで、東京大学大学院、日本銀行、金融庁などから論者が集まった。

 この場で行われたのは学術会議での自由な議論なので、議論の内容がそのまま日本の中央銀行デジタル通貨に結び付くとは限らない。とはいえ、専門家が何に注目しているのかを見ることは大事なことだろう。

 特に注目したいのは、このシンポジウム内で行われた日本銀行FinTechセンター長の副島豊氏による講演「決済インフラの未来と中銀デジタル通貨」、およびパネルディスカッションでの発言である。

 副島氏は「マネー(お金)とは何か、決済システムとは何か?」という問いから講演を始めた。現代のマネーは、現金と預金に大別できる。預金マネーは、本来は銀行による信用創造のためのものだった。それが決済サービスとしても使われている。これを指して副島氏は「預金マネーの2重性」と呼ぶ。

 一方、最近のキャッシュレス決済事業者(いわゆる○○Pay)では、事業者が負債として「ポイント」を発行している。信用創造はしない。「ポイントが疑似マネー化」と副島氏は指摘する。

 マネーの機能として「価値尺度、価値保存、決済」の3種類がよく挙げられる。副島氏は4番目の機能として「マネーとは譲渡可能な債権であり、それを支える信用システム、情報処理システムが動いている」と指摘した。この考え方によれば、中央銀行デジタル通貨とは「中央銀行の負債をデジタル技術で表現したもの」といえる。

 こうした前提のもと、副島氏は「マネーの壁」を指摘した。

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