クルマはどう進化する? 新車から読み解く業界動向

トヨタの決意とその結果池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/4 ページ)

» 2020年08月10日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

リーマンショックまで調子に乗っていたトヨタ

 残念ながらリーマンショックまでの10年間、トヨタは調子に乗っていた。毎年50万台水準で増産を続け、クルマの性能を無視してまで工数を削っていった。TNGAで「もっといいクルマ」を作り始めた時、それまでがウソであるかのようにボディ剛性が向上したが、大きな理由の1つはスポット溶接点の増加であった。「なるほどスポットを増やしてクルマが良くなるのはめでたいが、それ以前のクルマでそれをできなかった理由は何なのだ」と筆者はエンジニアを問い詰めた。ボディ剛性がクルマにとって大事なことなど、知らないはずはないではないか?

 さすがに簡単には答えてくれなかったので、この点には執拗(しつよう)に食い下がって聞き出した。「当時は、スポットの数を減らして原価低減を競うような風潮があったかもしれません」。顧客不在のなんとも愚かな競争である。

 ただ光明があったのは、のちにGRカンパニーへと発展する「G's」が、市販車ベースの高性能コンプリートカーを作るためにスポット増設に活路を見出し、どこにどうスポットを打つと何の性能が向上するかをひとつひとつデータ化し、それがビッグデータとなって残っていた。

 TNGA改革がスタートした時、通常市販車の開発チームは一斉にこのビッグデータの活用を始め、それが「もっといいクルマ」の実現手段の一部として機能した。後日GRチームのエンジニアに聞いたところ、最近では「もうGR用にスポットを追加する部分がなくなって困っているんです」と述べた。

 それは別の側面からも証言が上がっている。執行役員の河合満氏(当時副社長)へのインタビュー(記事参照)から抜き出そう。

 同じものだから同じつくり方じゃないんです。モノづくりの現場から言えば、結果が同じなら過程は変えても構わない。いかにシンプルに、いかに安くするかの工夫のしようはいくらでもあります。鉄板を加工して製品にするとして、売値が変わらないなら原材料費と加工費しかカイゼンの余地はありません。購買を工夫してコストを落とすだけじゃなくて、加工のやり方でコストを落としていく、そのカイゼンが大事です。

 筆者は今このインタビューを読み返して、河合氏の大事な言葉を書き起こし漏れていることに気づいた。「結果が同じなら」とは当然「結果が違うならば話は別」という意味を含んでいる。それを河合氏はこう言った「お客さんが喜んでくれる価値が上がるなら、大変だってやるんです」。つまりスポット溶接の増加には、お客さんが喜んでくれる価値があるから手間を惜しんではいけないし、同時に結果が同じなら作り方を徹底的に変えて、コストを落としていくことが正義だと、そう言っているのだ。

 リーマンショックの時は15%の生産ダウンで、4600億円の赤字を計上したトヨタは、こういうカイゼンの積み重ねによって、販売数が21.9%ダウンしても、5000億円の利益見通しを発表できるほどに強靭化された。こういうバックストーリーを取材しようとしない大手メディアは、「2兆5000億円から5000億円への大幅ダウンの見通し」というようなセンセーショナルな見出しを付ける。東日本大震災の時の「放射能が来る!」と同じだ。いたずらに日本人の恐怖をあおり、絶望を拡散するメディアなんていらないと筆者は思う。

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