トップインタビュー

アナログ回帰のコピック 製造会社社長が描くグローバル戦略と「アワード開催の真の狙い」アートの力で課題解決を(2/4 ページ)

» 2020年10月22日 05時00分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

アナログの希少価値が上がる

――近年のコピックの売り上げについてはどう考えていますか。

 まず、売り上げそのものは全く落ちていません。10年以上前からよく「デジタル化が進んだらペンなんて売れなくなるよ」と言う人がいるのですが、実際にはそんなことはないのです。例えばバーチャルリアリティーの技術が進化すれば、世界中どこでも旅行した気分になれる。だから、現実の観光産業が衰退するかというと、全くそんなことはないですよね。デジタル化が進むことによってアナログの希少価値が逆に上がり、むしろ二極化が進むのです。

――デジタル全盛の時代だからこそ、コピックの希少価値も上がるわけですね。

 アワードの狙いもそこにあります。それに、当社はコピックで大きく儲(もう)けようとは最初から考えていません。ペンで儲けたかったら、コンビニで売っているペンを作ればいいんですよ。朝起きて工場のボタンを1つ押して、黒一色だけ作り続ければいいんです。

phot 審査風景

――ところが、コピックの色は全部で現在358色もあります。同じ色でもペン先のタイプによって種類も豊富ですね。

 多数のラインアップがあるので、1日で生産ラインを何度も止めては、インクを変えて別の色のコピックを作り始める……その繰り返しです。効率だけでいえば、これ以上効率の悪いことはないです。1色当たりの売れる数もたかがしれています。

 4年前から2年前にかけて、米国などでコピックがブームになったことがありました。その時、販売店の方などから、「ひたすら商品を作れ」と言われたのですが、そういう時でも、お客さまには申し訳ないのですが生産量を大きく変えることなく対応させていただいたことがあります。

 製造業は、一時的に需要が上がったからといって、それに付き合って工場を増やしたりすると、ブームが去った後に人を辞めさせなきゃならなくなったり、いろいろな問題が出てきてしまうんです。言ってしまえばブームに付き合っちゃいけないんですよ。コピックを生産する上でも、たくさんの方々の協力で成り立っているので、なおのことです。

 理念としても、「アートの力で問題解決」とうたっている一方で、景気に応じて雇用に影響が出ていたら本末転倒です。何より、「コピック」という長年築き上げてきたブランド価値を下げることになってしまいます。

phot サインをする津森千里氏

――コピックのブランド価値はどういったところにあるのでしょうか。

 コピックを使っている方の中には、プロのデザイナーや漫画家、イラストレーターなどがいて、仕事にお使いいただいている方も大勢いらっしゃいます。いわば「B2B」といえる需要で 、プロの方々に愛用いただいてることがコピックストーリーの始まりとなりますが、話の本質ではないと考えています。

 やはりコアとなる部分は、単なる仕事上のツールとしてだけではなく、アマチュアの方も趣味で楽しく絵を描くことができるツールだと捉えています。もちろんプロの方でも、例えば仕事の片手間で趣味的に描くイラストの彩色に使うなど、絵を描く楽しさの本質に立ち返れるところにコピックがあると思っています。こういったライフスタイルこそが、コピックのブランドだと思っています。

――コピックのブランドを実感した経験はありますか。

 何年か前に、肌色の「E0000」という色を作りたいと社員から提案されたことがあります。それで私は「いちいち許可を得なくてもいいよ」と言って会議室でサンプル製品を実際に使ってみたんですが、ほとんど透明で何も見えないんですよ。「こんなの売れる?」と内心思いながら製品化したんですが、販売すると驚くほど売れたんですね。

 正直驚かされたんですが、この時感じたのは、絵を描くのが大好きな人は、イラストやキャラクターを描く時に、その肌の色の出し方1つにしても、それこそ自分の命を吹き込んで描くんですよ。この細かなこだわりを実現できる唯一の道具がコピックなんだと実感したんです。ブランドって感情から生まれると僕は考えているんですけど、コピックはまさしく感情商品なんだと考えさせられました。

phot 「製造業は、一時的に需要が上がったからといって、それに付き合って工場を増やしたりすると、ブームが去った後に人を辞めさせなきゃならなくなったり、いろいろな問題が出てきてしまう」と語る石井剛太社長

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.