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従業員の不正行為をどう発見するか 自己申告を促す「社内リニエンシー制度」企業利益を守るコンプライアンス制度(1/2 ページ)

» 2021年01月05日 07時00分 公開
[BUSINESS LAWYERS]

本記事は、BUSINESS LAWYERS「不正行為の自己申告と社内リニエンシー制度」(渡辺樹一氏・市川佐知子弁護士/2020年12月9日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。

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 従業員による不正行為を防止するための方策を巡らすことは重要ですが、起きてしまった不正行為を早期に発見するための方策も、同様に重要です。早期発見に最も有効なのは、不正を行った従業員からの自己申告です。独占禁止法におけるリニエンシー制度があるように、不正行為の自己申告を懲戒処分において考慮する制度を考えるべきではないでしょうか。

 本稿は、ジャパン・ビジネス・アシュアランスにて企業統治・内部統制構築・上場支援などのコンサルティングを手掛ける渡辺樹一氏と、田辺総合法律事務所の市川佐知子弁護士の対話を通じて、不正行為の自己申告と社内リニエンシー制度について考えます。

1.企業の懲戒処分へのリニエンシー制度の導入

渡辺氏: 不正行為をどう発見するか、多くの企業が腐心しています。早期発見の究極は、不正行為をした社員自身に自己申告させることだと思います。独占禁止法にリニエンシー制度がありますが、企業の懲戒処分にリニエンシー制度を導入することは考えられますか。

市川弁護士: リニエンシー制度は、不正行為が複数人で行われる、ないし組織的に行われる場合に、不正行為の発見に有効な制度です。課徴金の減免を定める独占禁止法7条の2は、カルテル実施企業に自己申告させるインセンティブを与え、密室で行われるため一般的には難しいカルテル行為の発見を容易にしたものです。

7条の2第10項概要

 公正取引委員会は、課徴金を納付すべき事業者が次の各号のいずれにも該当する場合には、当該事業者に対し、課徴金の納付を命じないものとする。

 単独で、当該違反行為をした事業者のうち最初に委員会に当該違反行為事実の報告及び資料の提出を行つた者であること。

 当該違反行為事件についての調査開始日以後、当該違反行為をしていた者でないこと。

7条の2第11項概要

 公正取引委員会は、事業者が1号及び4号に該当するときは課徴金額に50/100を乗じて得た額を、2号及び4号又は3号及び4号に該当するときは課徴金額に30/100を乗じて得た額を、それぞれ課徴金額から減額するものとする。

 単独で、当該違反行為をした事業者のうち二番目に委員会に当該違反行為事実の報告及び資料の提出を行った者であること。

 単独で、当該違反行為をした事業者のうち三番目に委員会に当該違反行為事実の報告及び資料の提出を行った者であること。

 単独で、当該違反行為をした事業者のうち四番目又は五番目に委員会に当該違反行為事実の報告及び資料の提出を行った者であること。

 当該違反行為事件についての調査開始日以後、当該違反行為をしていた者でないこと。

 また、金商法185条の7第14項も、証券取引等監視委員会等による検査または報告の徴取開始前に、委員会に対し継続開示書類に関する違反事実を報告した場合には、課徴金の額を半額に減軽する等を規定します(※1)。

(※1)証券取引等監視委員会「課徴金の減額に係る報告の手続について

 ただ、企業がリニエンシー制度を利用するには、まずカルテル行為や会計不正を社内で発見する必要がありますが、それは容易ではありません。そこで、社内でもリニエンシー制度を作り、実行者・関係者に申告を促す必要が出てくるわけです。

 消費者庁が公表する「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」(2016年12月9日)に、次の記載があります。

 法令違反等に関わる情報を可及的速やかに把握し、コンプライアンス経営の推進を図るため、法令違反等に関与した者が、自主的な通報や調査協力をする等、問題の早期発見・解決に協力した場合には、例えば、その状況に応じて、当該者に対する懲戒処分等を減免することができる仕組みを整備することも考えられる。

公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会において、ガイドラインの内容を検討する過程で、企業に対するヒアリングが行われ、社内リニエンシー制度を有する企業の次のような社内規定を参考(※2)にしたものです。

(※2)消費者庁「ガイドラインの各条項に関連するヒアリング結果・内部規程の実例等

(例1)

前項第2号の処分については、当該違法行為等に関与した社員等が自ら通報を行った場合において、通報により違法行為等への関与が免責されるものではないが、早期解決へ協力したことを考慮の上検討されるものとする。

(例2)

学園は、法令違反行為に関与していた職員等が、内部監査室がその調査を開始する前に、自ら公益通報等を行った場合は、当該職員等の処分を免除し、またはその程度を軽減することができる。

2.リニエンシー制度の導入で不正行為は見つけやすくなるか

渡辺氏: リニエンシー制度を設けることで、不正発見の実効性向上につながるのでしょうか。

市川弁護士: 「リニエンシー」や「減免」制度を設けたとしても、不正発見の実効性があるかどうかは、制度の具体的内容次第であると思います。

 「リニエンシー」という用語や概念を持ち出すまでもなく、多くの企業の就業規則では、懲戒処分の対象行為と、それに対応する処分内容が、罪刑法定主義の精神から明示され、しかし場合によっては、つまり規則違反行為を自己申告してきたような場合も含めて、軽い処分にできるような定めになっているのが一般的です。

 以前から、それと銘打たなくても減免制度はあったともいえるわけです。しかし、それでは足りないということになり、先述のように「リニエンシー制度」として導入した企業の例は何を意味するのでしょうか。

 人々の行動を方向付けるためには、こうしたらどうなる、という予見可能性が重要であることが再認識されているのだと考えられます。通報・協力すればメリットがあることを知らせて通報・協力を動機付けようというわけですから、メリットの大きさや周知の広さといった、制度の具体的内容が重要になってきます。

 自己申告が情状酌量の一材料として考慮されることを社内規定中に明記したことで、従業員への周知効果が期待できます。ただ、上記の社内規定例では、企業には大幅な裁量があり、従業員の処分は事案ごとに都度、決定されることになっているため、自己申告したらどの程度処分が軽くなるのか、必ずなるのかは、はっきりとは分かりません。

 課徴金の減免規定のような数量化できる事柄とは違いますから、結果を明示できない点は致し方ないところかもしれません。他方、社内規定で明確にできないのであれば、運用の実績・先例によって、自己申告するといかなるメリットがあるかを従業員に知らせることが、自己申告制度、ひいては膿を出して自浄できる組織づくりの成功の鍵となるでしょう。

 ここで問題になるのが、懲戒事例の社内公表は可能か、すべきか、どうすべきか、です。懲戒対象者のプライバシーや公表による職場の動揺等、難しい側面を含んでいますから、社内公表はいつも必ずできるというわけではないでしょう。

 しかし、職場で何が起きているのか、どのような違反行為をすればどのような処分を受けるのか知らせることは、企業秩序維持のために重要です。十分に注意して適切な形で懲戒事例を社内公表し、自己申告によるメリットを予見可能にすることは、可能であり必要だと考えます。また、社内公表をしなくても、逆にあえて秘密を保とうとしても、職場のうわさは必ず広がります。不正行為に関与したこと、自己申告したこと、どちらも勘案した公正な懲戒処分を行うことが肝要です。

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