攻める総務

従業員の不正行為をどう発見するか 自己申告を促す「社内リニエンシー制度」企業利益を守るコンプライアンス制度(2/2 ページ)

» 2021年01月05日 07時00分 公開
[BUSINESS LAWYERS]
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3.高次の企業利益を守り、内部統制の実効性を上げる

渡辺氏: 不正行為関与者の責任を不問に付したり、処分を軽減したりすることに抵抗感がある企業は、リニエンシー制度を躊躇(ちゅうちょ)します。悪いものは悪い、という素朴な感覚に反する制度の導入は難しいのではないでしょうか。

市川弁護士: しかし、企業不祥事として近時世間の耳目を集める不正行為の多さ、不正期間の長さを見れば、不正を明るみに出すことがいかに難しいかが分かります。不正を最もよく知る者は、不正行為者本人です。不正を発見して自浄できる組織づくりのために、不正行為者本人からの自己申告を動機づけるためのリニエンシー制度に期待がかかるわけです。

 また、リニエンシー制度は司法取引とパラレルに捉えると合理性が理解できると思います。関与者の協力がなければ、不正行為は発見できず、より処分の必要性が高い者の処分もできないのです。高次の企業利益を守るために、抵抗感を克服して冷徹に割り切り、企業の内部統制の実効性を上げようという戦略です。

 アメリカでは、司法省の不正競争部局が、2019年7月にポリシーガイダンスを打ち出しました(※3)。適切なコンプライアンス制度を有する企業に対し、起訴段階で、また求刑段階で、減軽された措置をとるという新しいポリシーです。このガイダンスに関する、司法次官補の説明(※4)を聞いてみましょう。

(※3)U.S. Department of Justice Antitrust Division「Evaluation of Corporate Compliance Programs in Criminal Antitrust Investigations

(※4)The United States Department of Justice 「Assistant Attorney General Makan Delrahim Delivers Remarks at the New York University School of Law Program on Corporate Compliance and Enforcement New York, NY〜Thursday, July 11, 2019」

 司法省は基本的に、良き企業市民は、適切なコンプライアンス制度を有し、不正が発生したら、迅速に自己申告し、捜査に協力し、再発防止措置をとるものである、と考えている。

 不正競争事件については、自己申告一番乗りの企業がリニエンシー制度を利用できること、企業にコンプライアンス制度があったとしても起訴判断には影響しないこと、がこれまでのポリシーであったが、不正の抑止・発見のためにポリシーを進化させることになった。今後は、就中(なかんずく)次の事情が起訴時に考慮される。

  • 企業のコンプライアンス制度のデザインは適切か
  • 運用は本気でなされているか
  • 制度は有効か

 起訴判断でコンプライアンス制度がどの程度重視されるかは、個別ケースによる。ケースによっては起訴猶予合意(Deferred Prosecution Agreement)を締結することもある。今後も重要であることに変わりはないリニエンシー制度が、一番乗り企業に適用されることとの関係で、不起訴合意(Non-Prosecution Agreement)を結ぶことはできない。

 求刑時には、企業に既存のコンプライアンス制度が考慮され、求刑ポイント3ポイントの引下げのほか、罰金額、保護観察措置を軽減する可能性がある。

 このようなポリシーの変更・発表は、リニエンシー制度導入から25年という節目に、新たなポリシー検討のため聴取した、有識者からの次の意見に応えたものである。「コンプライアンス制度をどの程度重視するのか、明確性、透明性が必要である。

 このような説明を聞くと、企業の自己申告(self-reporting)がこれまで以上に重要になることが分かります。これまでは一番乗り以外は無意味、ともいえました。しかし、このガイダンス以降は、自己申告すれば、一番乗りでなくても、起訴や求刑上メリットがあり、意味があるわけです。

 また、企業の行動、人間の行動を動機付けるために透明性や予見可能性が必要であるということも、この説明の重要なポイントであると思います。強大な権限と発信力を持つ司法省でさえ、企業や人間の行動を方向付けようとしたら、ガイダンスという明らかな形が必要になるわけですから、一私企業であればなおさらです。先述したような社内規定の例は、これを実現しようとしたものといえるでしょう。

 こうしてみると、社内リニエンシー制度の有効性、重要性をあらためて確認し、導入を検討する価値があると思います。

渡辺 樹一 一般社団法人GBL研究所

一般社団法人GBL研究所理事。1979年一橋大学法学部卒。USCPA・CFE・CIA。伊藤忠商事その他企業を経て、現在は、取締役会評価、内部統制構築、内部監査支援、役員・幹部社員研修等に従事。早稲田大学非常勤講師、合同会社御園合同アドバイザリー顧問、株式会社ジャパン・ビジネスアシュアランス株式会社シニアアドバイザー、上場会社2社の社外取締役なども務める。日本取締役協会会員、国際取引法学会会員、実践コーポレートガバナンス研究会会員、会社役員育成機構会員。 j.watanabe256@gmail.com

市川 佐知子 田辺総合法律事務所

弁護士(第一東京弁護士会、NY州)、USCPA、東京大学卒、人事労務、コーポレートガバナンスを中心に企業法務を担当し、証券詐欺を中心とした訴訟を手掛け、会計分野に知見を有する。公益社団法人会社役員育成機構において役員研修講師を務めてきた。2018年より米国在住、中堅法律事務所にアドバイザーとして所属し、日本企業が米国進出で遭遇する問題にも明るい。

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