「不正をするな」から「正しいことをしよう」へ 従業員の意識を変えるエモーショナルコンプライアンスの基礎(後編)(2/3 ページ)

» 2021年01月08日 07時00分 公開
[BUSINESS LAWYERS]

1-3.レジリエンスを基本とした組織作り

 前編の1で不祥事が減らず負のスパイラルが生じている環境の説明をしましたが、それを克服するのが、「レジリエンス」(自己回復力)を高めた組織です。

 「法律を完璧に守る。守れないのは厳しく処罰するという、法律は100%守れる(だから失敗したら処罰する)という所与の前提に立つ世界感」を捨てて、「そもそも100%法令順守ができることはあり得ない(ゼロ・トラスト)。むしろ失敗はあって当然。でもそれを前提に、失敗しても、小さく、早い段階でそれを解決して素早く元に戻っていく。そして失敗前よりも結果的により良い世界を創っていく」ことに重きを置くのです。

 これは「大きなゴールを設定しつつ、ダウンサイドを小さくする(負のエクスポージャーを減らす)」(ナシーム・ニコラス・タレブ)ことにもつながります。

 そういう世界観とそれに基づくわれわれの行動がコンプライアンスの世界にも強く求められるようになっているのです。

 人生の多くが失敗や試練、困難からしか学べないように、組織においてもそれは同じなのです。これを別の言葉でいえば、「免疫力の高い組織を作っていく」ことが求められているということもできるでしょう。コロナを例にとっても、感染しないことが大前提ではなく、感染しても大きなことにならない、人にうつさない、そして素早く立ち直って、個人の活動もビジネスも継続させる。これが「免疫力の高い組織」なのです。こういう組織に向けて、われわれはビジネスもコンプライアンスも行動も変えていく必要があるのです。

1-4.ワークライフコンソリデーション

 ハッピーな環境を求めていくと、どうしても会社生活だけではなく、プライベートの過ごし方まで目くばせする必要が出てきます。われわれが考えていかなければいけないのは、会社とプライベートは別、というように、この二つを分離するのではなくて、両方を融合、統合して、より良いプライベートを作り、より良い会社の活動していく、この両者を共に高めていく視点です。

 昭和の時代には、長らくプライベートも会社の延長となっていましたが、これからは、どちらかの延長ではなく、両者を生かしつつ「両者を融合・統合」するという、1つ上の視点で、会社とプライベートを同時に考えていくことが不可欠です。これを私は、「ワークライフバランス」ではなく、「ワークライフコンソリデーション」と名付けていますが、不祥事を減らすために目の前に見えていることのみに取り組むのではなく、複眼的俯瞰的な視点と視野から、全方位的にビジネス・パーソナルライフを見直していくことが求められているのです。

1-5.ゴールデンペンタゴン

 以上のような、エモコンの特徴、すなわち(1)ゴールの設定、(2) ハッピーなマインドを醸成、(3) それを支えるハッピーなマインドの職場環境を創造、(4) 知識だけではなく、体験経験を重視、そして(5)ポジティブな評価((4)、(5)は前編で紹介)をコンプライアンスでも重視することを、私は「ゴールデンペンタゴン」と呼んでいます。従来は「不正のトライアングル」に見るように、不正を防ぐには何が原因か?  ということがもっぱら重要視されていましたが、ゴールデンペンタゴンは、むしろ「正しいこと」「誇りある行動を取る」ためには何が必要か?  という真逆の視点でコンプライアンスにもアプローチするのです。

photo (図)ゴールデンペンタゴン

2.エモコンを支える「3軸」

 このように、「正しいことをしよう!」とするエモコンのパラダイムは、旧来型の「不正をするな!」パラダイムとは、その目指すところも理論も大幅に異なっています。

 この点をさらに分かりやすく説明するために、以下では内部統制という具体例を取りながら考えてみましょう。

 内部統制とエモコンは何が違うのでしょうか?

 実は、内部統制も近頃は大きな変化を迎えています。

 COSOフレームワークが、内部統制の最も有名な指針ですが、内部統制とは、もともとは「事業体の取締役会、経営者およびその他の機関の構成員によって実行され、業務、報告およびコンプライアンスに関する目的の達成に関して合理的な保証を提供するために整備された1つのプロセス」をいいます(※1)。

(※1)COSO トレッドウェイ委員会支援組織委員会「内部統制の統合的フレームワーク」(2013年5月公表)

 このフレームワークでは、当初は3つの目的と5つの構成要素から、そして、2004年からは、業務の有効性、財務報告の信頼性、関連法規の順守、戦略の4つを目標に、統制環境、リスク評価、統制活動、情報および伝達、モニタリング、目的設定、イベント識別およびリスク対応という、8つの構成要素に増やして内部統制を捉えてきました。

 そして、COSOフレームワークは、さらに2017年に改訂され、5つのカテゴリーと20の原則で表すとともに、ERM(エンタープライズリスクマネジメント)を守りの観点から強調するだけでなく、リスクを管理するうえで、特に(1)組織のカルチャーを理解すること、(2)戦略やビジネス目標の達成を目的として行うこと、(3) 価値とひもづけること等が強調されるようになったのです。

 このように、COSOフレームワーク自体が進化していることは良いことですが、問題は、まだまだ一面的にしかすぎないことです。

 確かに、改訂COSOフレームワークでは、4つの目標から8つの構成要素にとどまらず、目標の達成や価値とひもづけるところまで広がりました。

 もっとも、エモコンは、さらに広くかつ複眼的視点から物を捉えています。

 一番の違いは、エモコンは「3軸」で物を考えるという発想です。

 まず主軸はあくまでゴールです。

 それを具体的に現場で支えるのが、エモコンの発想を取り入れた内部統制でしょう。しかし、これだけだと、悪魔の囁きには勝てない。だから、もう1つの側軸として抵抗力・免疫をも高める側軸、つまりエモーショナルマインドとハッピーな状況を継続させる環境を用い、かつ体験重視型の研修を重視するのです。ここでいう環境とは「統制環境ではなく」あくまで「マインドの環境整備」にほかなりません。

 つまり、エモコンは、より組織で働く個々人に着目して、そのマインドを新しい時代にふさわしいものへと進化させることに重きが置かれているのです。

 これを、先ほどの「ゴールデンペンタゴン」と合わせると、以下のような図になります。

photo (図)エモーショナルコンプライアンスを支える3軸とゴールデンペンタゴン

 このように、エモコンは、現状の内部統制をないがしろにするものではなく、さらにそれを進化させるために、主軸、側軸という「3軸」を使って、しかも、その3軸を由来とする施策を全て「重ねる」ことによって、結果的には、内部統制「をも」より高めていくものとなっていくのです。

 その意味で、エモコンが、今までのコンプライアンスや内部統制と異なり、複眼的・俯瞰的視点から、組織で働く人そのものに焦点をあて、かつ人のマインドの使い方に強くフォーカスする施策と捉えるものだということが、現状の施策と比較して、さらに良くお分かりになったのではないかと思います。

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