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「楽天モバイル社員によるSB技術情報の不正持ち出し」から学ぶ、営業秘密の要件・問われる責任・未然防止措置弁護士が解説(1/3 ページ)

» 2021年03月30日 07時00分 公開
[BUSINESS LAWYERS]

本記事は、BUSINESS LAWYERS「楽天モバイル社員による技術情報の不正持ち出し、営業秘密の要件や問われる責任、未然防止措置を宮下和昌弁護士が解説」(宮下和昌弁護士/2021年2月12日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。

 2021年1月12日、ソフトバンク株式会社の技術情報を不正に持ち出したとして、楽天モバイル株式会社の従業員(以下「対象従業員」といいます)が不正競争防止法違反の容疑で逮捕されました。また、ソフトバンクは同日に公表したプレスリリースのなかで、楽天モバイルに対する民事訴訟の提起や対象従業員に対する損害賠償請求の可能性についても言及しています(※1)。

 本事案では、対象従業員、楽天モバイルそれぞれについてどのような責任が問われ、処罰される可能性が考えられるのでしょうか。同種事案の発生を未然に防ぐために取るべき措置とあわせ、IGPI弁護士法人代表の宮下 和昌弁護士に聞きました。

(※1)ソフトバンク株式会社「楽天モバイルへ転職した元社員の逮捕について」(2021年1月12日、2021年2月3日最終閲覧)

1.転職先に営業秘密が開示される前であっても、図利加害目的は認められ得る

──本事案において対象従業員は不正競争防止法違反の容疑で逮捕されています。そもそも不正競争防止法とはどのような法律なのでしょうか。

ポイント

  • 不正競争防止法は、事業者間の公正な競争の促進を目的とする法律であり、本件で問題となっている「営業秘密」の保護についても定めています。
  • 不正競争防止法は「営業秘密」を侵害した場合の民事上の責任のみならず、刑事上の責任についても規定しています。

 本件では、対象従業員の逮捕という刑事手続が進行していることに加え、ソフトバンクのプレスリリースのなかでは、相手方企業に対する民事訴訟や当該対象従業員に対する損害賠償請求といった民事上の措置の可能性についても言及されています。

 不正競争防止法は、事業者間の公正な競争の促進を目的とする法律であり、本件で問題となっている「営業秘密」を侵害した場合の民事上の責任および刑事上の責任についても規定しています。もっとも、営業秘密に関する民事上の不正競争行為の構成要件と、刑事上の営業秘密侵害罪の構成要件とは類似するものの異なる点もあるため、両者は区別して検討する必要があります。民事上の不正競争行為が、直ちに刑事処罰の対象となるわけではないという点に注意が必要です。

【表1】民事上の不正競争行為の類型

区分 民事上の不正競争行為の類型 不正競争防止法における条文
不正取得および使用等 (1)不正手段により営業秘密を取得、または、不正取得した営業秘密を使用・開示する行為 2条1項4号
(2)不正取得行為が介在したことについて悪意重過失で営業秘密を取得、または、取得した営業秘密を使用・開示する行為 2条1項5号
(3)営業秘密の取得後に不正取得行為が介在したことについて悪意重過失で使用・開示する行為 2条1項6号
正当取得した営業秘密の不正使用等 (4)営業秘密の正当取得者が図利加害目的 (※2)で営業秘密を使用・開示する行為 2条1項7号
(5)不正開示行為(図利加害目的での開示/守秘義務違反の開示)が介在したことについて悪意重過失で営業秘密を取得、または、取得した営業秘密を使用・開示する行為 2条1項8号
(6)営業秘密の取得後に不正開示行為が介在したことについて悪意重過失で使用・開示する行為 2条1項9号
営業秘密侵害品の譲渡等 (7)営業秘密の不正使用行為によって生産された物を譲渡等する行為 2条1項10号

(※2)図利加害目的:「不正の利益を得る目的、またはその営業秘密保有者に損害を加える目的」を指します。

【表2】刑事上の営業秘密侵害罪の類型

区分 刑事上の営業秘密侵害罪の類型 不正競争防止法における条文
不正取得および使用等 (1)図利加害目的で詐欺等行為/管理侵害行為により営業秘密を不正取得する行為 21条1項1号
(2)不正取得した営業秘密を図利加害目的で使用・開示する行為 21条1項2号
正当取得した営業秘密の不正領得・使用等 (3)営業秘密の正当取得者が、図利加害目的で、管理任務に背き、一定の方法(イ)媒体等横領/(ロ)複製作成/(ハ)消去義務違反および仮想)で営業秘密を領得する行為 21条1項3号
(4)営業秘密の正当取得者が上記一定の方法で領得した営業秘密を、図利加害目的で、管理任務に背き、使用・開示する行為 21条1項4号
(5)営業秘密の正当取得者(現職者)が、図利加害目的で、管理任務に背き、営業秘密を使用・開示する行為 21条1項5号
(6)営業秘密の正当取得者が、図利加害目的で、現職時に、営業秘密の開示の申込みをし/使用等の請託を受け、退職後に使用・開示する行為 21条1項6号
違法開示による取得等 (7)図利加害目的で、所定の違法開示行為により営業秘密を取得し、または、使用・開示する行為 21条1項7号
(8)図利加害目的で、所定の違法開示行為が介在したことについて悪意で、営業秘密を取得し、または、使用・開示する行為 21条1項8号
営業秘密侵害品の譲渡等 (9)図利加害目的で、一定の違法行為により生じた物を譲渡等する行為 21条1項9号

──ソフトバンクのプレスリリースでは「当該元社員が利用する楽天モバイルの業務用PC内に当社営業秘密が保管されており、楽天モバイルが当社営業秘密を既に何らかの形で利用している可能性が高いと認識しています」と言及されている一方、楽天モバイルによる公表では「当該従業員が前職により得た営業情報を弊社業務に利用していたという事実は確認されておりません」と述べられており、2社の言い分に食い違いが認められます(※3)。対象となる情報を実際に転職先の業務で利用していたか否かという点は逮捕容疑に影響を及ぼすのでしょうか。

(※3)ソフトバンク株式会社「楽天モバイルへ転職した元社員の逮捕について」(2021年1月12日、2021年2月3日最終閲覧)/楽天モバイル株式会社「従業員の逮捕について」(2021年1月12日、2021年2月3日最終閲覧)

ポイント

  • 対象従業員については、「営業秘密記録媒体等不法領得罪」(不正競争防止法21条1項3号)または「役員・従業者による営業秘密不正使用・開示罪」(不正競争防止法21条1項5号)の適用が考えられます。
  • いずれの罪についても「図利加害目的」が必要となりますが、判例のなかには「営業秘密を私物のハードディスクに複製しただけで、転職先には開示していなかった」ような場合でも、この「図利加害目的」を肯定するものがあります。
  • 情報を実際に転職先の業務に利用していたかどうかは、「営業秘密不正使用・開示罪」の成否には影響を与えますが、「営業秘密記録媒体等不法領得罪」の成否には影響を及ぼさないと考えられます。

 上記【表2】記載の通り、営業秘密侵害罪には複数の類型が存在します。対象従業員についてそのいずれが適用されるかは具体的事実関係次第であり、現時点で確たることはいえませんが、可能性としては、「営業秘密記録媒体等不法領得罪」(【表2】(3)の類型、不正競争防止法21条1項3号)または「役員・従業者による営業秘密不正使用・開示罪」(【表2】(5)の類型、不正競争防止法21条1項5号)の適用が考えられます。

 これらはいずれも「営業秘密を営業秘密保有者から示された者」による行為である点で共通していますが、前者は、役員・従業員に限定されない広い行為主体について、一定の態様((イ)媒体等横領/(ロ)複製作成/(ハ)消去義務違反及び仮想)での営業秘密の領得行為を処罰するものであり、後者は、営業秘密保有者の現職の役員・従業員による営業秘密の使用・開示行為を処罰するものです。

 例えば、次の【ケース】では、「役員・従業者による営業秘密不正使用・開示罪」は成立しませんが、「営業秘密記録媒体等不法領得罪」は成立する余地があります。なお、このたびの対象従業員の逮捕容疑は営業秘密記録媒体等不法領得罪であったとの報道(※4)もあります。

(※4)東京新聞「5Gの営業秘密を不正持ち出しの疑い、元ソフトバンク社員を逮捕 楽天モバイル退職前に複数回か」(2021年1月12日、2021年2月9日最終閲覧)

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