会社のトップが大好きな「戦国武将に学べ」が、パワハラ文化をつくったと感じるワケスピン経済の歩き方(6/6 ページ)

» 2022年01月11日 11時52分 公開
[窪田順生ITmedia]
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大義名分に「戦国武将」

 ご存じの方も多いだろうが、楠木正成は当時、「軍神」「無敵の戦術家」として、日本軍人の憧れの存在であり、崇拝の対象だった。最後まで天皇の忠臣という立場を貫き、「湊川の戦い」で足利尊氏に敗れて自害をするというところも、軍人の鏡とされた。

 しかし、戦局の悪化で、その忠臣のアイコンが1人歩きしていく。神風特攻隊の中には生きて帰れない玉砕を「湊川だ」と述べて、自身と楠木正成を重ねる人が多くいた。人間魚雷「回天」には、楠木正成が用いた「菊水の紋」が描かれ、楠木正成が掲げた「非理法権天」(ひりほうけんてん)という言葉は、特攻隊や戦艦大和で掲げられた。

 「戦国武将に学べ」ということが、歴史の叡智から学んで窮地を脱するということではなく、「兵は君主の犠牲になるもの」という中世の人権感覚を正当化する教育に利用されてしまったのである。これはつまり、戦国武将への過度な憧れが、「潔くお国のために死ね」という精神主義や滅びの美学を広めて、それに抵抗することを許さない絶対的な「パワハラ文化」をつくったと言ってもいいかもしれない。

 日本人は苦しくなればなるほど、自分に都合の悪いデータや事実から目をそらして、精神主義へと傾倒していく。その大義名分に「戦国武将」は用いられてきたのだ。

 少子高齢化が引き起こした低成長、低賃金で今、日本経済は大きなピンチを迎えている。そんな中で、日本のリーダーたちが今こそ歴史を真摯(しんし)に学んで、対策に活用していくのは大賛成だ。

 しかし、その学ぶ先は「戦国時代」などではないのではないか。信長がどうしたとか、秀吉がなんだということよりも、精神主義にのめり込んで目も当てられないほどの大惨敗を喫した「太平洋戦争」から学ぶことのほうが圧倒的に多いと感じるのは、筆者だけか。

窪田順生氏のプロフィール:

 テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。

 近著に愛国報道の問題点を検証した『「愛国」という名の亡国論 「日本人すごい」が日本をダメにする』(さくら舎)。このほか、本連載の人気記事をまとめた『バカ売れ法則大全』(共著/SBクリエイティブ)、『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。


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