コロナ禍では、ANAの「賃金3割減」というショッキングな報道ばかりがされていました。「3割」という数字は航空業界が直面している未曽有の危機をリアルに突きつけるもので、社員たちの不安がマックスになっていたのも事実です。
とはいえ、トップは当初から「雇用は守る」と宣言していましたし、賃金カットや400人以上の社員をグループ外の企業に出向させたのも雇用を守るため。むろん、会社の方針に納得できず、自ら離職した人も少なくありません。
21年12月18日に、ANAが退職から5年以内であれば正社員として復職できる「カムバック制度」を導入する方針を発表したときには、SNSで「賃金を減らして、希望退職を増やしてきたくせに」という冷ややかな意見も、散見されました。
それでもJALも含めた大手航空会社が、「人」を守ろうと踏ん張ったのは事実です。賃金カットや出向は、働く人と会社の共通の目的である「乗客の命を守る」というミッションを見失わないためにとった苦渋の選択だったのではないでしょうか。
私がコロナ禍でインタビューしたANAやJALの社員たちは、「大丈夫かな」と不安を抱きつつも、会社とともに「飛行機を飛ばすために存在している」という会社のアイデンティティー、会社の価値観を共有していました。
コロナ禍の今、多くの企業がこれまで以上に「人」より「カネ」を優先し、「有能人材」という言語明瞭・意味不明の標語を掲げ、人材獲得に躍起になっている。そんな中、ANAもJALも今まで何度も厳しい経験をしてきたからこそ、会社を支えるのは「人」という当たり前を大切にし、できる限り「人に投資」している。「人に投資する以外、企業は生き残れない」という経営を、航空業界は行っていると思うのです。
他の産業でも、「人」に投資する経営を行ってほしいと、心から願います。
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)がある。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング