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暗いコロナ禍に差した「光」 ANAとJAL、生き残るためのヒト投資河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/4 ページ)

» 2022年02月25日 07時00分 公開
[河合薫ITmedia]

 インタビューで先輩が開口一番に話したのが、「今後の事業見通しや経営環境の変化、またさまざまなコスト削減を進めてきた結果、契約社員制度を見直していいタイミングに来たのです」という、先を見据えた経営方針でした。

 ANAは1995年度から契約社員化を進める一方で、正社員の賃金体系も大幅に変更していたのです。

 90年代初めに700万円程度だったCAの平均年間給与は、2013年3月末時点で約449万円と、250万円も減っていました。90年代まであったさまざまな手当や特典も廃止し、かつては国際線しか飛ばなかったCAが国内線も飛んだり、搭乗する乗客の人数によって乗務するCAを減らしたりなど、企業の収益構造の改善を図るために事業の再構築を徹底したのです。

 つまり、契約社員制度導入をきっかけに、CAの賃金と待遇の適正化が行われていたのです。むろん、これだけだと、単なる賃金カットです。そこでANAは、CAにも管理職や総合職にチャレンジできる制度を作ったり、CAの身分のまま地方都市に赴任して、地域振興や観光誘致などに関わる制度を作ったりと、能力発揮の機会を拡大します。

 それは「社員一人一人の力を引き出す」経営の徹底であり、その後の取り組みの1つとして、CAを再び正社員に戻しました。

 多種多様な能力発揮の機会の提供と、全ての社員の待遇を公平にするという経営戦略の背後には、「社員一丸となって戦える集団でいなければ、会社はつぶれる」という危機感が存在していました。

多様な能力発揮の機会を用意したANA(提供:ゲッティイメージズ)

 会社を支えているのは「人=社員」。全ての社員が能力を最大限に引き出し、生き生きと働ける環境を作るために、「ユーサイキアン・マネジメント」を行っていたのです。

 ユーサイキアン・マネジメントとは、心理学者のマズローの造語で、働く人の目的が会社の目的と合致することで会社と個人双方の利益を生み出す経営を意味しています。

 日本が欧米以外の国として唯一、工業化を達成し、経済力で欧米諸国と肩を並べるまで成功をおさめた「高度成長期」をもたらしたのは、日本の経営者たちの「ユーサイキアン・マネジメント」によるものでした。

 当時の日本の経営者たちは、人間の摂理に合致したいくつもの制度を会社員に施し、会社は人が秘める能力を最大限に引き出す理想郷として機能していたのです。今では諸悪の根源のごとく批判される「長期雇用」や「年功賃金」もその一つです。

 しかし、時代が変わり、経営者は「人」より目先の「カネ」を優先した。その末路が、不安定で低賃金の非正規雇用の拡大であり、コロナ禍での状況を鑑みれば、非正規という雇用形態が、いかに「人間の尊厳」を守るに足りない働かせ方であるかは明白でしょう。

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