逃げ道をふさがれたものの、鉛筆と紙に囲まれた現場での生活から離れることになる。テクノロジーに高い関心を持つ人々に囲まれるのは刺激的だった。起業のアイデアが浮かばなければ、エンジニアとして就職しようと考えたほどだ。
タイムリミットまであと4カ月というとき、諸岡氏はある飲み会に参加した。ベンチャーキャピタルの500 Startups Japan(現コーラル・キャピタル)で、マネージングパートナーを務めていたジェームズ・ライニー氏と澤山陽平氏が開催していた、起業家とエンジニアをつなぐための会だった。
その席は「東南アジアでEC事業立ち上げています」「経産省の未踏事業に採用されました」と強者ぞろい。大学時代に参加した悪夢のインターンシップを彷彿(ほうふつ)とさせた。気おされつつも、以前のように泣くわけにはいかない。
プログラミング技術は習得中で、事業アイデアもまだ浮かんでいない。だったら、これまで自分が見てきた世界と、IT業界の違いについて話そう、と考えた。
ワールドエンタプライズとIT業界では、使っているツールも違えば、スピード感も違う。だから今、ITの世界に身を置いているのが、めちゃくちゃ楽しい。
この話がウケた。ITを駆使するのが当たり前の人々にとって、触れる機会のなかった世界の話は新鮮だったのだ。
そして、澤山氏が言った。
「あなたが経験してきた世界はエキサイティングだ! そして非効率が多い世界をITで変えることこそが僕らが求めていることなんだ」
ノンデスクワーカーが活躍する現場を経験したこと、そしてITを学んだこと。この2つが合わさることで、ほかの誰も持っていない武器を、いつの間にか諸岡氏は手にしていたのだった。
自分がよく知る非効率な世界をITの力で変える。そんな決意を胸に、最初に諸岡氏が考えたのは、IoTによって食品工場向けの品質管理を行う「スマートQC」というシステムだ。
2016年12月に起業し、1カ月ほどで出来上がった試作機を早速、現場でテストした。しかし、結果は鉛筆で紙に書いたほうが早いという散々なもの。
「現場では、自分のペースではなく、次々と流れていく工程に合わせて作業する必要があります。
ハードもソフトも進化しているぶん、今、同じものを作ったら違う結果になるかもしれませんが、このスピードではとても利用してもらえないと意気消沈しました」(諸岡氏)
しかも、量産するためには、最小ロットでも4000万が必要だと言われた。
スマートQCの開発は断念せざるを得ない。次の道を探すが、ここから諸岡氏の迷走が始まる。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング