鉄鋼業界におけるESG経営の試み 鉄鋼生産の脱炭素化フィデリティ・グローバル・ビュー(2/3 ページ)

» 2022年03月24日 07時00分 公開
[James Richards & Ben Traynorフィデリティ・インターナショナル]
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カーボン・ニュートラルへの取り組み

 当社は、アルセロール・ミタルやその同業他社と定期的にエンゲージメントを実施し、それぞれの脱炭素化へ向けた計画について意見交換を行っています。これは協働的なプロセスです。企業がどのように排出量を削減しているか、また直面している課題について、貴重な知見を得ることができます。これらの取り組みは、業界全体で見られる傾向や対応すべき優先事項を共有する機会でもあります。

 昨年、当社はアルセロール・ミタルのサステナビリティ会議に参加しました。同社の目標は、この10年で炭素排出量を30%削減し、2050年までにカーボン・ニュートラルを達成することです。

 2030年の目標を達成するため、同社のスマート・カーボン構想では、炭素回収貯留 (CCS)と循環型炭素技術(リサイクル材の使用量の増加、廃棄ガスの他工程への投入量の増加)を利用します。鉄鋼業では、元々資源効率が高く、副産物のほとんどを再資源化しており、その割合は97%を超えています。アルセロール・ミタルが参加しているCarbon 2 Valueのような循環型炭素に関連したプロジェクトでは、炭素を回収し、エタノールやナフサなどの原料を生成しプラスチックを製造することで、その回収を100%にすることを目指しています。

 長期的には、アルセロール・ミタルは、グリーン水素を利用するプロセスにより、直接還元鉄(DRI)を生産したいと考えています。このプロセスは、低炭素電力を動力源とするアーク式電気炉で精製され、完全にカーボン・ニュートラルな製造プロセスを作り出すことが可能となります。ハンブルグの水素プロジェクトにおけるゴールは、もともと化石燃料から発生するグレー水素を使用していた鉄の製造プロセスにおいて、前述した新たなプロセスを適用することが可能である、と証明することです。

決して安くはないコスト

 サステナビリティ会議の後、当社はアルセロール・ミタルのサステナビリティ・チームと電話会議を設定し、この分野がどのように進化するかをより深く理解するために、今後の計画とそれに伴う費用についてヒアリングを実施しました。

 同社によると、スマート・カーボン構想のケースにおける生産コストは30-60%上昇、また、グリーン水素を使ってDRIを生産するプロセスに切り替えるケースの生産コストは80%上昇する可能性があると試算しています。これは、初期投資に加え、更に数百億ユーロの支出が必要になることがその背景にあります。

表1:鉄鋼生産の脱炭素化は代償(コスト)を伴う
必要な投資額 生産コストの上昇幅
アルセロール・ミタルの鉄鋼生産に伴う炭素排出関連 クリーン・エネルギー関連インフラ
スマート・カーボン 150-250億ユーロ 150-1,650億ユーロ1 +30-60%1
DRI生産 300-400億ユーロ 400-2,000億ユーロ2 +50-80%2
1下限は、バイオエネルギー及びCCSのインフラを用いた場合、上限はグリーン水素のインフラを用いた場合 2下限は、CCSとブルー水素のインフラを用いた場合、上限はグリーン水素のインフラを用いた場合 出所:アルセロール・ミタル、2020年6月

 電話会議の中で同社は、一部の計画が有効に機能するためには輸入品と競争条件を平等化する必要があることを明らかにしています。これには、炭素排出量に基づいて輸入品に課税する国境炭素調整が含まれます。また、鉄鋼セクターにおいて、カーボン・ニュートラルな鉄鋼生産を大規模に実現するためには、十分に利用可能なクリーン・エネルギーも必要となると見ています。

 政府は一般的に政策の枠組みを設定し、企業行動の変化を促す役割を担っています。例えば、中国では習近平国家主席が2060年までに炭素排出量をネットゼロとする目標を発表しましたが、それまで脱炭素化は最重要課題ではなかったことから、市場では驚きを持って受け止められました。この目標設定以降、中国の鉄鋼メーカーの炭素排出量への取り組みには明らかな変化があり、より効果的なエンゲージメントを実施することにもつながりました。この中国の動きは、日本と韓国における動向にもきっかけを与えたことは間違いのないところです。例えば、日本製鉄は、2030年までに炭素排出量を30%削減(対2013年比)し、2050年までにカーボン・ニュートラルの実現を目指すことを明らかにし、アーク式電気炉の活用や、DRIの生産、炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)などの複線的なアプローチを採用しながら目標達成を目指す意向を示しています。このように、企業を促す政策支援の必要性はいつの世も変わりはありません。一方、カーボン・フリーの技術は現状まだまだコスト競争力に乏しく、割高であることから、脱炭素化を成し遂げるためには資金調達が必要になることもまた事実です。

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