クルマはどう進化する? 新車から読み解く業界動向

レクサスLXで分かったGA-Fプラットフォームの構造池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/5 ページ)

» 2022年05月09日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

剛性と強度と軽量化と

 さて、強度の話がようやく終わって、剛性の話である。剛性の話は、不可逆変形のもっと手前で「不可逆ではない」変形、つまりばね的に元に戻る変形量をいう。イメージでいえばプラスチックの定規に力を加えるとしなって曲がるが、手を離すと元に戻る。ああいう種類の変形耐力である。どのくらいの力を加えるとどのくらいしなるかということだ。ボディの前後を捻(ねじ)って、1センチ歪(ゆが)めるのに何kgfの力が必要かとかで表されることが多い。この剛性の話は主にハンドリングと乗り心地の話に影響する。

 ここまでの話をまとめると、クルマのシャシーには、破断して壊れる「強度」の話と、ばね的に変形する「剛性」の話の両方が混じっている。面倒なことに、軽量化と強度を両立しようとして、高張力鋼板を使って板厚を下げると、一般には剛性が下がってしまう。剛性に最も大きく影響を与えるのは板厚そのものだからだ。ということは高張力鋼板の話はあくまで強度の話だということになる。

 こういう複雑な連立方程式の最適解を探すのは結構大変だ。全部に目配りをしながら、どこにどれだけの板厚を与えて剛性を確保し、どこに高張力鋼板を使って強度を持たせ、かつ軽量化するのかは極めて高度な技術である。それを実現するためには、素材と生産工程の両方を丁寧に詰めていかなくてはならない。

 という中で生み出されたのがTWBである。ちょっと模式化というか単純化して話を進める。TWBでは1枚の鉄板のどこからどう素材取りをするかをあらかじめ決める。例えば打ち抜き後ピラーになる部分には、高張力鋼板を使わないと衝突安全的に厳しい。いやもちろん重くなってもいいならムクの鋼材を使えば良いのだがそんなわけにはいかない。

 一方で冒頭で書いたように、ルーフは強度にはほぼ関係ない(ここでの例え話とは異なり現実にはLXではアルミが採用されている)し、剛性への関与も低い。こういう部位は普通の圧延鋼の薄板を使いたい。もちろん実際はそんなに単純ではないのであくまでも例え話だが、ルーフ用の圧延鋼とピラー用の高張力鋼板を板の段階で溶接してしまう。そうすると、生産工程での手間が減りつつ、より美しく継ぎ目の断面積変化が少ない鋼材に仕上がる。仕上がるというと勝手になるみたいだが、そうするための技術開発は大変だったらしい。できてしまえば、もう元には戻れないほどの進化が得られるわけだ。TWB鋼板は当然車種毎の専用品となるし、だからこそ各項目の狙いをギリギリまで詰められるのだ。

 そしてこういう高機能鋼材が作れることが日本の製鉄業の重要な競争力の源になっていた。鋼材の性能は大事で、複雑なデザインをプレスで出そうとすれば、鋼材次第な部分は多い。強度や剛性だけではなくデザインなど多岐に渡る部分で多大な影響を与えていたわけだ。ちょっとだけ余談を入れれば、カーボンニュートラルで、コークスを使う高炉が完全に廃止になると、こうした高機能鋼材は国内で作れなくなる。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.