クルマはどう進化する? 新車から読み解く業界動向

営業利益11倍に マツダ地獄からの脱出、最終章池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/5 ページ)

» 2022年05月23日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]
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一気に下がった損益分岐台数

 さて、過去の話はここまでだ。決算資料に戻ろう。高付加価値販売が上手くいったかどうかは、中古車相場に明確に表れる。2つの図には米国における残価の推移が描かれている。上のグラフはCX-5とCX-50の残価率推移を示したもので、比較対象はグレーの線が示す「クラス平均」の残価率だ。下は同じことをCX-30で比較したもの。一目瞭然だがどちらも残価率は平均をしっかり上回っている。

 もう1点、決算資料から抜き出そう。「中期経営計画 主要施策の成果」の図中に示される左のえんじ色の棒グラフが、年度ごとの損益分岐台数で、右隣の濃紺のグラフは同じ年度の営業利益となっている。

22年3月期発表の、実際の損益分岐台数

 下図、当期決算のグラフには記載が無いが、各年度の販売台数を抜き出しておこう。20年3月期は141.9万台、21年3月期は128.7万台、22年3月期は125.1万台である。

 20年3月期を見ると損益分岐台数が100万台を大きく越えており、141.9万台の販売で利益は436億円。一度これを基準に置こう。

 21年3月期には損益分岐台数の低減は進んだものの、販売台数の落ち込みが利益を直撃して、128.7万台に対して利益はわずか88億円まで下がっている。ところが22年3月期には、損益分岐台数を一気に押し下げ、前期よりさらに台数を落とした125.1万台にもかかわらず利益を1042億円に押し上げている。

 ちなみに参考までに台当たり利益を算出してみると、それぞれ3万726円、6838円、8万3293円となる。台当たり利益は単純に営業利益の台数割だ。そしてその営業利益は、損益分岐台数を上回った台数にひも付く。さらに損益分岐台数は、商品の付加価値と原価で決まる。つまり高付加価値販売とコスト低減が進むことによって、損益分岐台数が下がり、その結果逆境でも利益が出しやすくなるのだ。

 長期的な取り組みの結果としては、これは驚くべき改善だといえる。もちろん当期は部品不足で車両の生産が滞り、受注残を抱えていた状況に鑑みれば、値引き要求も少ないだろうし、売る側も商品が足りない以上、無理して売らなくて良かったという事情もある。

 しかし、部品不足による生産停止で、需給の逼迫(ひっぱく)という「追い風」を受けたとはいえ、マツダが長年取り組んで来た目標に、一気に到達したのもまた事実である。

 筆者がマツダの人に「これから受注残が解消された時、また値引きの誘惑に駆られて、せっかく成し遂げた高付加価値販売ができなくなったりはしないんですか?」と聞いたら、マツダの人は「マーケットの競争の中で、そういう要素が全くないとは言いませんが、苦労してやっと辿(たど)り着いたものですから」と言葉を選びながら言った。

 マツダはどうやら新しいステージに王手をかけたといえる。今後リーマンショック級、あるいはコロナ級の災厄に見舞われても、この損益分岐台数を維持していかれる限り、十分に戦えるだろう。あとはラージ商品群でキッチリ結果を出すだけだ。それが叶えば、マツダは長年の目標についに辿り着いたことになる。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。


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