VTuber「にじさんじ」が上場、時価総額1600億円に達したワケ古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(2/4 ページ)

» 2022年06月10日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

社長は26歳、最年少クラスの上場へ

 ANYCOLORは、かつては「いちから」という名称でサイコロの1の目を模したロゴを冠していた。CEOの田角陸氏は1996年2月3日生まれの26歳だ。この年齢での上場はほぼ最年少クラスとなる。

 田角氏は、25歳1カ月で最年少上場を果たしたリブセンスの村上太一氏と同じ早稲田大学の出身。2017年に学生起業家としてそのキャリアをスタートしたという異色の経歴を有する。

 そんな田角氏が率いるVTuber事務所だが、VTuberといえば「キズナアイ」氏をはじめとして、さまざまな先行者が当時から存在していた。ライバルに大手VTuberプロダクションである「ホロライブ」を運営するカバー社もあり、決してその競争環境は緩やかなものではなかった。

 にじさんじが先行者よりも急速に規模を大きくできた要因にはどのようなものがあるのだろうか。それは、VTuberのコスト構造に変化をもたらした点が大きい。

にじさんじがVTuber業界のコスト構造に変革を起こした

 にじさんじが現れるまでのVTuber業界は、高度な専門性が必要で、収録に専用のスタジオが必要な3Dモデルが一般的だった。この時はいわば「第一次VTuberブーム」であり、キズナアイ氏やミライアカリ氏といった3DモデルベースのVTuberが隆盛を誇った。

 しかし、ブームに目をつけた事業者が相次いでVTuberに参入した結果、競争は激化した。そのため、高コスト体質であるにもかかわらず薄利多売のようなビジネス構造となってしまったのだ。

高コスト構造の“3D業界”は疲弊

 事業者の中には、ファンの求めていた「タレントのかわいさ・かっこよさ」や「面白さ」といった本質的な提供価値を見失ったところもあった。「技術力を高める」ことで競争に勝とうと大きな資金を投入した結果、撤退を余儀なくされるパターンも生じた。

 そんな“業界の疲弊”が顕著になり始めた18年から、急激に頭角を表してきたのがANYCOLORの「にじさんじ」だ。Live2Dモデルという、2次元のイラストを動かす技術を使って参入してきたVTuberグループ事務所である。当時は少数のタレントをマネジメントしていた事務所が主流であったなか、「VTuberグループ事務所」という構成も当時としては珍しかった。

にじさんじの徹底した初期の低コスト戦略

 3Dモデルを動かすためには専用のスタジオが必要な反面、Live2Dモデルを動かすにはWebカメラさえあればいい。そのため、タレントはコストのかかるスタジオに赴く必要がなく、自宅からいつでも好きな時に配信することができる。

 さらに、Live2Dモデルのイラストを著名なイラストレーターに依頼することで、イラストレーターのファンからのユーザー流入が発生するといった効果も現れていた。

 黎明期はファン層からの冷ややかな視線もあった。2Dモデルの配信メインの運営について、一部の熱心な層からは「3DモデルでなければVTuberではない」といった批判もみられていた。

 しかし、ユーザーニーズの根幹である「タレントのかわいさ・かっこよさ」「面白さ」といった本質的な要素は、低コストの2Dモデルでも十分に充足可能だ。だからこそ今では2DモデルでデビューするVTuberが主流になっているのである。

 そこで、にじさんじは初期に2Dモデルメインで低コスト・高収益のビジネスモデルを確立し、体力を付けた。それを基盤として、3Dの高精度なモデリングや高品質なバーチャルライブ環境の整備にも乗り出すことができている。

 にじさんじ成功の要因は、高コストで疲弊していたVTuber業界の慣習をなぞるのではなく、新しい独自のアプローチで効率的にユーザーニーズを満たすことができたという点にあるといえるだろう。

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