「いいから帰りなさい」
こう、部長から日々せっつかれるように退社しなくてはならなくなったYさんの口からは、こんな愚痴がこぼれます。
「部長は『帰れ、帰れ』と言うけれど、仕事量は全く変わっていない。以前からすこしも減っていないんだ。お客様に迷惑はかけられない、それなのに……」
実はこの会社、労働基準監督官による臨検を受け、労働時間について是正勧告を受けたために時短に乗り出したのでした。ひと月の残業時間が全社員平均して90時間にも及び、中でも長時間労働が目立っていたYさんの所属する商品企画部では、実に平均120時間にも及んでいたことが、勧告を受けた大きな要因でした。そこで、経営陣より部長に対して「商品企画部の残業時間を80時間以下にせよ」との指示が出たことが事の始まりでした。
「仕事量は減らせないが残業時間は減らせ」という難題を押しつけられたYさん。部長は何の改善策も示さずにただひたすら「帰れ」としか言わない。こんな日々が続くうちに、Yさんはすっかりまいってしまいました。
このようなケースを世間では、時短ハラスメント略して”ジタハラ”と呼ぶのです。
大手企業ともなると、長時間労働の是正、労働時間の短縮には、社を挙げて本腰で取り組むものです。そんな中、時短の推進役を担うのは人事部です。
「手に負えませんよ。こっちは彼らのためにやっているのに」
こう漏らすのは人事部に配属されて5年になるI課長。このI課長の悩みの種は、営業部の社員のタイムカードです。
「全員のタイムカードが9時から18時で打刻されているんですよ」
約30人いる営業部の社員全員が必ず毎日9時に出社し、18時に退社した、という記録が残されていたそうです。営業部はI課長がいる人事部の斜め向かいのビルに入っており、18時を過ぎても人がいるのは明らかでした。それにもかかわらず、タイムカード上は全員が18時退社となっていたのです。不審に思ったI課長は、営業部の若手社員に声をかけ、様子を聞いてみることにしました。すると、こんな答えが返ってきました。
「交代制で全員のタイムカードを打刻しているんです」
事実を突き止めたI課長はすぐに人事部長に報告。営業部長は人事部長から厳重注意を受けました。しかし、営業部長の反発も激しく、譲りません。
「俺らが稼がなきゃ、いったい誰が稼ぐんだよ」
話し合いは平行線をたどりました。その後も人事部は、18時すぎに営業部に乗り込むなどの抜き打ち検査を実施。厳しく対処しましたが、すると今度は、会議室やカフェなどに場所を移して仕事を続行するといった調子で、営業部もあの手この手で抵抗を続けました。
幸いにもこのケースでは、社長をはじめとする経営層が労務リスクに関する危機感を強く持っていました。長時間労働の是正に対する意識が非常に高かったため、労働時間を「削る」や「潜らせる」などの営業部長の抵抗はほどなく終わりを告げ、今では適正な労働時間把握が行われているそうです。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング