ちょっと昔話に入る。といっても2017年、現行のカムリがデビューした試乗会でのことだ。カムリは長らく北米マーケットの稼ぎ頭だったが、その座をRAV4に奪われた。筆者は、カムリが売れなくたって結局同じトヨタのクルマが売れるだけなので、どっちでもいいじゃないかと言う気分で、それをポロッと口にした。その時の話し相手は、翌年トヨタの副社長に就任した、現アイシンの吉田守孝社長だったが、その言葉を聞いて気色ばんだ。
「池田さんねぇ、生産設備を使ってクルマを作るってことは、そんな簡単じゃないんですよ。設備稼働率を常に高く保つことは絶対なんです」
言われてみれば当然だ。会社全体での稼働率は、いってみれば減点法。どれか1車種でもラインの設備稼働率が下がれば、全体の足を引っ張る。「こっちが売れなくなった分、あっちが売れればOK」という話ではない。もっと遙(はる)かに緻密な話だ。
クラウンを断絶するという決断は、詰まるところ、トヨタがセダンから完全撤退するかどうかという話とニアリーイコールである。旧来型のセダンがマーケットで求められないのだとすれば、それはクラウンだけの話ではなく、カムリもカローラもと全部に波及するだろう。そしてその過程で、稼働率が下がり、利益を圧迫する。
逆にいえば、クラウンが先兵となって新しいセダンのあり方を見つけ出せば、カムリもカローラもそれに続いた変革が可能になる。諦める前に、本当に全てを尽くしてセダンの可能性を総当たりで試したのかどうかは問われなくてはならない。
不確実性の高い未来において、セダンの選択肢を棄てたことが、後に重大な問題を生む可能性だって否定できない。ましてや前述のように、自動車産業550万人の、ひいては日本経済に影響を及ぼす責任ある立場からみれば、そんなに簡単に「やめた、やめた」というわけにはいかないのである。
そして、クラウンを続ける以上、クラウンの3万点の部品を供給する膨大なサプライヤーの命運も一蓮托生で預かることになる。そういうヒリヒリした緊張の中で、4台のクラウンは生み出された。
新型クラウンの4車種。左からクロスオーバー、スポーツ、セダン、エステート。今年10月のクロスオーバーを皮切りに、この先1年半で残る3台がリリースされる
- 日本のクラウンから世界のクラウンに その戦略を解剖する(2)
1955年のデビュー以来67年15世代に渡って、クラウンは日本国内専用モデルであり続けた。しかし国内のセダンマーケットはシュリンクの一途をたどっている。早晩「車種を開発生産していくコスト」を、国内販売だけで回収することは不可能になる。どうしてもクラウンを存続させていこうとすれば、もっと大きな世界のマーケットで売るしか出口がない。
- セダンの再発明に挑むクラウン(1)
クルマの業界ではいま、クラウンの話題で持ちきりである。何でこんなにクラウンが注目されているのかだ。やっぱり一番デカいのは「ついにクラウンがセダンを止める」という点だろう。
- SUVが売れる理由、セダンが売れない理由
セダンが売れない。一部の新興国を除いてすでに世界的な潮流になっているが、最初にセダンの没落が始まったのは多分日本だ。そしてセダンに代わったミニバンのマーケットを、現在侵食しているのはSUVだ。
- 見違えるほどのクラウン、吠える豊田章男自工会会長
2018年の「週刊モータージャーナル」の記事本数は62本。アクセスランキングトップ10になったのは何か? さらにトップ3を抜粋して解説を加える。
- え!? これクラウンだよな?
トヨタのクラウンが劇的な進化を遂げた。今まで「国産車は走りの面でレベルが低い」とBMWを買っていた人にとっては、コストパフォーマンスがはるかに高いスポーツセダンの選択肢になる可能性が十分にあるのだ。
- プレミアムって何だ? レクサスブランドについて考える
すでに昨年のことになるが、レクサスの新型NXに試乗してきた。レクサスは言うまでもなく、トヨタのプレミアムブランドである。そもそもプレミアムとは何か? 非常に聞こえが悪いのだが「中身以上の値段で売る」ことこそがプレミアムである。
- トヨタはプレミアムビジネスというものが全く分かっていない(後編)
前回はGRMNヤリスがどうスゴいのかと、叩き売り同然のバーゲンプライスであることを書いた。そして「販売のトヨタ」ともあろうものが、売る方において全く無策ではないか? ということもだ。ということで、後半ではトヨタはGRMNヤリスをどう売るべきだったのかを書いていきたい。
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