「もう後戻りはしない」──『家庭の医学』の出版事業を畳んで“第二創業のDX”を敢行した保健同人社の覚悟創業75年の挑戦(3/3 ページ)

» 2022年09月21日 10時00分 公開
[小林泰平ITmedia]
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コンテンツのトンマナを大きく変えたきっかけは、デザインシンキング

小林: 実際にデジタルに舵を切る過程で、社内のハードルはありませんでしたか。

寺田: もちろんありました。保健同人社は正しい情報を伝えたいという思いが強く、良くも悪くもコンテンツが真面目になりすぎる傾向だったといえます。プロダクトアウトが強かったといえるでしょう。もちろん医療情報ですから、正確性は絶対落とせない要素です。

 一方で、私たちの目的は未病・予防であり、健康なユーザーが日頃から親しむコンテンツにしなければ、目的から離れる可能性もある。そこで今回、コンテンツやデザインのトンマナは大きく変えています。

小林: 確かにこの点ははっきりと変わりましたよね。

寺田: 大きかったのがデザインシンキングを取り入れたことです。ユーザー調査やワークショップによるペルソナの明確化を行い、ユーザーを起点にプラットフォームを構築していきました。デザインシンキングのワークショップ講習は、サンアスタリスクに2回実施していただきましたよね。

 内容は、ユーザーのペインポイントやゲインポイントを再確認するなど、本当に基本的なことです。ただそれを通じて、われわれのバリュープロポジション(顧客にとっての商品価値)が言語化できたのは大きかったですね。社員みんなが何となく感じていたものを明確にできたので。

小林: 新しいことを社員がやる上で、意識や言語を合わせるという意味でも効果があったかもしれません。

日本の未病市場は難しいが、デジタルなら効果を高められる

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小林: 最後に、このプラットフォームと保健同人社の「これから」も教えてください。やはり未病・予防の分野で事業を行っていくのでしょうか。

寺田: はい。未病・予防の市場は、実は日本で非常に難しいといわれてきました。国民皆保険で、これほど安価に良質な医療を受けられる国は類を見ません。海外なら医療費が高いのでセルフケアの意識が自然と芽生えますが、日本は医療費の自己負担が安く、予防のマインドを作りにくいためです。

 ただし、状況は変わっています。このまま少子高齢化が進むと医療費を含む社会保障費がさらに上がるのは確実で、国も費用を抑制するため未病・予防の取り組みに本気になり始めています。

小林: 確かに、この課題は既に顕在化していますよね。

寺田: そこでまず国が注力しているのが、企業と保険者へのアプローチです。企業には、「ホワイト500」などの健康経営の顕彰制度を設けました。保険者には、医療費を適正化するよう、予防事業の推進を義務付けています。今後も、健康経営や予防のためのさまざまな施策が行われていくでしょう。

小林: その動きにこのプラットフォームが活用されていくと思いますし、デジタルだからこそ、実際に行った未病・予防のアクションの事後データを分析し、次のアクションの精度を高めていくことも可能ですよね。

寺田: 予防で重要なのは「アウトカム」です。デジタルならば、投資対効果としてどれだけのリターンが出ているか可視化していくこともできるはずです。例えば企業なら、高血圧の従業員にコーチングを実施したことで、社全体の血圧数値がこれだけ改善された。その結果、社員の脳心血管疾患リスクを下げ、これだけの労働損失を防ぐことができたなど。

 効果を分析してお金に換算するまでをやらないと経営側には刺さらないと思いますし、ぜひ実現したいですね。

小林: さらに、いずれはプラットフォームのデータから企業ごとの健康経営をスコアリングできるかもしれません。それに応じて保険料を変えるということも、個人対象では難しくても、toBならあり得るのでは。

寺田: 可能性はあると思います。また、米国ではわれわれのような事業体が成果報酬型でビジネスをしています。つまり、自分たちのアクションで依頼元企業の医療費を低減させた分の何割かを報酬で受け取る形です。デジタルにしたことで、そこまで見据えています。

小林: 企業の人的資本経営が注目されている中で、ますます未病・予防は重要になりそうですよね。

 何より、デジタルは人の生活を豊かにするものであり、そのために使うのが本質だと思っています。今日の話は、まさにデジタルが人の健康や幸せのために使われたケース。ときにコストカットなどの文脈でデジタルが語られることがありますが、あくまでその先に喜ぶ人を想像しなければいいものは作れないと思います。ユーザーファーストで考えることが、企業がデジタルを扱う上で大切だとあらためて感じました。 

本記事から考える、DXを推進するためのポイント

  • 1、DXはまず経営陣が覚悟を見せることで社員が本気になる
  • 2、デジタルは企業のアセットとリソースを1つにつなぎ、ユーザーに恩恵をもたらす
  • 3、抵抗がある社員も置いていかないアプローチを模索する(デザイン・シンキング)
  • 4、投資対効果を測って次のアクションの精度を高めるのもデジタルの役割
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