2023年10月から、インボイス制度が導入されます。免税事業者への対応や電子インボイス、電子帳簿保存法への対応など、インボイス制度の開始に向けて確認したい事前準備と検討事項について紹介します。
23年10月1日から、消費税のインボイス制度が始まります。インボイス制度とは、事業者が預かった消費税から支払った消費税を差し引く仕入税額控除のためにインボイスが必要となる制度です。
インボイスとは、売り手が買い手に対して、正確な消費税率や消費税額などを伝える書類(データ)のことです。
インボイスといっても特別なものではなく、これまで売り手が発行してきた請求書などを基に、インボイスとしての必要事項(後述します)が記載されているものを指します。
インボイスを発行できる者は、消費税の支払義務がある事業者(課税事業者)で、インボイス発行事業者として登録された事業者に限られます。
従って、免税事業者および課税事業者でインボイス発行事業者として登録されていない事業者は、インボイスを発行することができません。
インボイスを発行するためには、インボイス発行事業者の登録申請を行う必要があります。
具体的には、所轄の税務署に「適格請求書発行事業者の登録申請書」を提出します。
23年10月1日からインボイス発行事業者になるためには、原則として23年3月31日までに提出する必要があります。
免税事業者はインボイスを発行できないので、支払う側は原則として消費税の金額を差し引くことができません。
ただし、23年10月1日から29年9月30日までは、段階的に差し引くことのできる経過措置が設けられています。
23年10月1日から26年9月30日までは支払った消費税額のうち80%、26年10月1日から29年9月30日までは支払った消費税額のうち50%を差し引くことができます。
29年10月1日からは一切差し引けなくなります。この間に、免税事業者は課税事業者への転換を検討することとされています(図表1)。
インボイス制度が始まることにより、次の(1)と(2)の事業者が影響を受けることになります。
免税事業者から仕入れている、または経費を支払っている課税事業者は、免税事業者に支払った消費税の金額を、預った消費税額から差し引けなくなります(最初の6年間は先述の通り経過措置があります)。つまり、消費税の納税額がその分増え、資金繰りが悪化します。
資金繰りの悪化を防ぐためには、免税事業者に対して、価格の見直しや課税事業者への転換の可能性を含め、交渉が必要なケースも考えられます。
課税事業者に売上がある免税事業者は、23年10月1日以降、価格の見直しなどを交渉される可能性があります。
また、インボイス発行事業者でないことで、新規顧客との契約を取りづらくなる可能性もあります。先述の通り、課税事業者が免税事業者と取り引きする場合、消費税の面から資金繰りが不利であるためです。
結果として、自らも課税事業者となって、インボイス発行事業者となる必要が出てくる可能性もあります。
ただし、全ての免税事業者が対応しなければいけないわけではなく、取引先との関係性によって判断は変わります。
今後の状況を見ながら慎重に対応することが必要です。
電子インボイスとは、インボイスの記載内容をデータ化して提供したものを指します。
具体的には、メールに添付して送る請求書や、クラウド上で共有する請求書が該当します。
電子インボイスを発行する者・受け取る者は、原則として電子帳簿保存法の要件に準じた方法で電子インボイスを保存する必要があります。
電子インボイスは、国と民間団体が組織するEIPA(デジタルインボイス推進協議会)が、その標準化を進めています。
今後、グローバルなインボイスの標準仕様であるPeppol(ペポル)をベースにした標準仕様の実現が予定されています(図表2)。
まず、自社が発行するインボイス(請求書など)を準備しなければなりません。
インボイスに必要な記載事項は決まっており、どれか1つでも抜けていたらインボイスとしての要件を満たしません。
また、返還・修正インボイスを交付するケース、簡易インボイスを交付するケース、インボイスの交付が免除されるケースも合わせて確認が必要です。
23年10月1日以降に発行するインボイスに必要な事項は、図表3の通りです。赤字部分は、現在の「区分記載請求書」に対して新たに加えられる項目です。
自社のシステムが、図表3の項目を含んだ請求書を発行できるか確認が必要です。
返品や値引きなどがあった場合には、インボイス発行事業者は返還インボイスを得意先に交付する必要があります。
返還インボイスに必要な事項は、次の通りです。
特に、「販売奨励金支払明細書」などを毎月発行しているメーカーなどは、記載事項を満たす様式となっているか、確認が必要です。
インボイスを修正した場合には、修正後のインボイスを交付する必要があります。
修正インボイスの交付方法は、
の2つがあります。
インボイスを発行する部署で、修正があった場合のインボイスのフォーマット、ワークフローを事前に定めておくことが大切です。
インボイス発行事業者が、小売業など不特定かつ多数の者に販売する事業を行う場合には、インボイスの記載事項を一部簡略化した簡易インボイスの交付をすることができます。
簡易インボイスの記載事項は、次の通りです。
この通り、簡易インボイスは「書類の交付を受ける事業者の氏名または名称」が不要であり、かつ税率ごとに区分した消費税額などまたは適用税率のいずれか一方の記載で足ります。
該当する事業者は、利用しているレジ、POSシステムなどがこれらの記載事項を満たすか確認が必要です。
次の取り引きについては、その取り引きの性質上インボイス交付が困難と考えられるため、インボイス交付が免除されます。
これらの事業を行っている事業者は、具体的にどのような取り引きがインボイスの交付を免除されるのか、確認が必要です。
取引先へのインボイスの交付方法も、事前に確認することでインボイス開始後のワークフローがスムーズになります。
インボイスの交付方法は、大きく分けて、
の3つがあります。
(2)と(3)は電子化されたインボイス(電子インボイス)を利用する方法です。電子インボイスは紙の保管が必要なく、郵送などの手間も省けるため、業務効率化の観点から優れています。
現時点において紙で郵送している場合には、これを機に、取引先と電子化の交渉をしてみることをおすすめします。
以上を踏まえ、システムの検討をします。実際には、得意先から「今後電子インボイスにしてほしい」と言われるケースが想定され、現在システムを利用していない会社も、今後はシステム利用が必須になると考えられます。
なお、法人税法上は、22年1月より、電子取引は紙保存が原則廃止になり、要件を満たしたうえでデータ保存が義務となりました(23年末まで宥恕規定あり)。一方、消費税法上は、紙に印刷して保存することが認められますが、電子でやり取りしたものを紙に印刷することは本質的でないので、ここではデータのまま保存することを前提にします。
電子インボイスを発行した場合、単にデータとして保存するだけでは、保存要件を満たしません。次の要件を満たしたうえで保存する必要があります。これらは、電子帳簿保存法で定める電子取引(紙を使わないEDI取引、メール取引など)の保存要件と同じです。
これらのうち、システムを選ぶ際に重要なのが、「検索機能の確保」と「真実性の確保」の2つですので、重点的に説明します。
電子インボイスは、次の方法によって検索できる状態にしておくことが必要です。
ただし、税務調査時のデータダウンロードに応じれば、(2)と(3)の要件は不要です。
さらに、基準期間(個人事業者についてはその年の前々年をいい、法人についてはその事業年度の前々事業年度をいいます)における売上高が1000万円以下である事業者で、税務調査時に電子取引のデータの提示または提出の要求に応じられるようにしている場合には、検索機能の確保が全て不要となります。
なお、検索機能の確保は小規模事業者にとっては負担が重く、国税庁の電子帳簿保存法一問一答では、特別な請求書等保存ソフトを使用していない場合、「ファイル名に検索項目を含める方法」と、「Excelで作成した索引簿で対応する方法」が紹介されています(図表4)。
ただし、これらの方法は、電子取引データのファイル名の設定や索引簿の作成といった新たな仕事を増やしてしまうので、長期的に見ればシステムで対応することが望ましいでしょう。
まずは、税務調査時のデータダウンロードに応じることを前提に、検索機能の必須項目である取引年月日、取引金額および取引先で検索できるシステムを検討することが大切です。
電子取引の真実性を確保するために、次のいずれかの措置が必要となります。
(2)のタイムスタンプの付与期間は、電子取引データの受領後速やか(おおむね7営業日以内)に付す方式か、その業務処理に係る通常の期間(最長2カ月)を経過した後速やか(おおむね7営業日以内)に付す方式(業務サイクル方式)のいずれかが認められています。その会社の実態に合わせて付与期間を設定するとよいでしょう(業務サイクル方式による場合には、別途社内規程が必要です)。
(3)の訂正削除システムとは、例えば電子取引データを直接訂正または削除を行った場合に、訂正前または削除前の内容がそのデータとは別のデータとして自動的に履歴として記録されるシステムや、一度記録された電子取引データをシステム上物理的に訂正または削除できない仕様とされているシステムが挙げられます。
例えば、外部のデータを同期して取り込むことができるクラウドシステムなど、タイムスタンプ機能に代えて日付や時刻を改ざんできない仕組みが備わっているものを指します。
(4)の「電子取引データについて正当な理由がない訂正および削除の防止に関する事務処理の規程」とは、区分に応じて、図表5に掲げる項目が定められていなければならないとされています。
この措置は、タイムスタンプや訂正削除システムで対応できない電子取引の改ざん防止のために設けられているものです。
真実性の確保のうち、(1)の要件は相手ありきの要件なので、検討から外してよいでしょう。
システムを検討する際には、(2)のタイムスタンプ機能か、(3)の訂正削除システムの要件を満たしているかがポイントです。
(2)は電子インボイスを発行したときにタイムスタンプが付与されるシステム、(3)の訂正削除システムは、電子インボイスを発行したときに、自動的に日時が記録され、その後訂正削除した場合にも履歴が残る(または訂正削除ができない)システムと考えればよいでしょう。
(4)は、例えばシステムで対応できない電子取引(Excelなどで作成したインボイスを電子化してメールで送る場合など)についての措置です。すべての取引がタイムスタンプや訂正削除システムで対応できる可能性は低いため、この事務処理規程はすべての会社が作成しておいたほうがよいでしょう。フォーマットは国税庁のホームページで紹介されています。
このように、電子インボイスを発行・保存する場合には、電子帳簿保存法に則った厳格な要件を満たすことが必要です。
自社での判断が難しい場合は、電子帳簿保存法に詳しい税理士、ベンダーを交えてシステムの検討を行なったほうがよいでしょう。
会社が取引先とやり取りしている書類は、形式が様々です。まずは、自社が現時点で行なっている取り引きとその書類を確認し、事前に準備できるものは準備しておくとスムーズです。
準備できることの1つとして、仕入先からインボイスの登録番号をあらかじめ入手することが挙げられます。
例えば、仕入明細書を作成し、仕入先に送付している場合には、インボイスの要件を満たすためにあらかじめ仕入先の登録番号を知っておかなければなりません。契約書によって支払いを行なっている場合も、契約書に仕入先の登録番号を記載する必要があるため、あらかじめ入手して事前に再締結しておくこともできます。
また、免税事業者からの仕入れは控除できる消費税額が異なるため、事前に免税事業者であることが分かっていたほうが、お互いスムーズです。
国税庁の「インボイス制度適格請求書発行事業者公表サイト」でもインボイス登録事業者の確認ができるため、併せて活用するとよいでしょう。
そのほか、23年10月1日からスムーズにインボイス制度に移行できるよう、普段取引先と交わしている書類については、あらかじめインボイスとしての要件を満たすか、取引先と共有しておくことが大切です。
インボイスの共有方法の確認も事前に行うことが大切です。共有方法によって、次に説明するシステムの要件が異なるからです。
インボイスを受け取る方法は、
の方法がありますが、交付の場合と同様に、業務効率化の観点からは、(2)か(3)の方法が望ましいでしょう。現時点で紙で郵送している場合には、これを機に仕入先に電子に切り替えられないか、交渉してみることをおすすめします。
必要に応じて、システムの検討をします。
インボイス制度開始後は紙とデータが混在する場面が想定され、これまでシステムを利用していなかった事業者が要件を満たしたうえでデータとしてインボイスを保存するために、システム利用が必須になると考えられます。
受け取った(共有した)電子インボイスは電子帳簿保存法でいう電子取引に則った取扱いが必要となりますので、次の保存要件を満たす必要があります。
自社が交付するインボイスと合わせて、受け取るインボイスも電子保存できるシステムを選ぶことがポイントです。
また、インボイス開始以降、受け取るインボイスにおいては紙もまだまだ残ることが予想されます。そうなると、データのまま保存するインボイスと紙で保存するインボイスが混在することになり、管理コストが増えてしまいます。そこで検討したいのが、スキャナ保存(紙の領収書等をスキャンしてデータ保存する方法)にも対応したシステムです。
発行するインボイスも、受け取るインボイスも「すべてデータ化し、保存する」を基本にしたほうが、実務上スムーズです(図表6)。
スキャナ保存の要件は、図表7の通りです。
スキャナ保存は電子取引に比べて要件が多く、「スキャナ保存対応」と謳っているシステム以外を利用する場合、判断が難しいです。JIIMA(公益社団法人日本文書情報マネジメント協会)が公開しているスキャナ保存の法的要件認証製品を利用することも1つの方法です。
従業員の経費精算も、インボイス制度の影響が予想されます。
まず、従業員に提出させる領収書について、2023年10月1日以降は、インボイスの要件を満たしたものである必要があることを周知させたほうがよいでしょう。
さらに、インボイスが必要にならない(帳簿のみで仕入税額控除が認められる)次の取引もあらかじめ説明しておくことで、インボイス開始後の混乱を抑えることができます。
さらに、インボイスを電子的に受け取った場合の方法も周知させましょう。
例えば、Amazonで購入したものを経費精算する場合、電子取引に則った処理(データのまま提出)が必要です。具体的には、Amazonのサイトで閲覧できる電子請求書か、スクリーンショットなどを提出してもらうことになります。
領収書を紙で提出することに慣れている従業員も多いと考えられるので、電子取引提出用の定型フォームを社内で準備するなど、工夫が必要です。
なお、従業員はインボイス開始後も紙の領収書を多く受け取ることが予想され、「紙の領収書は紙のまま提出」「電子取引はデータで提出」と処理を分けると、混乱が生じる可能性があります。そこで、紙の領収書については、先述したスキャナ保存(紙をスマートフォンなどでスキャンして保存する方法)を検討してもよいでしょう。
スキャナ保存と経費精算機能を合わせたシステムもあるので、会社全体の効率化を考えて検討することをおすすめします。
免税事業者との取引は先述の通り経過措置があるため、あらかじめ処理方法を確認しておいたほうがよいでしょう。
例えば、免税事業者の経過措置の消費税区分が新たに会計システムに設けられるのであれば、あらかじめ免税事業者用の仕訳フォーマットを用意しておくといった処理です。これによって、経理が誤って全額仕入税額控除にすることを防ぐことができます。このほか、免税事業者との取引をタグなどで分類しておき、一括して消費税額をチェックできるようにしておくなど、工夫が必要です。
戸村涼子税理士事務所/税理士
税理士。ITを駆使して経営者にスピーディーに情報を提供する。インターネットビジネスや、仮想通貨取引など新しい分野の税務対応にも積極的に取り組む。
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