サイゼリヤはコロナ禍でも店舗数を増やし、19年8月には1504店だったが、22年8月には1547店と43店も増えている。しかし、それは海外店をカウントしているからだ。国内だけを見ると、19年8月の1093店に対して、22年8月には1069店で、24店減っている。ガストの減少数とそう変わらない。
ファミレスは危機に瀕(ひん)しているとよくいわれるが、サイゼリヤの一時期の落ち込みも、相当厳しかったことがうかがえる。
サイゼリヤも、ガストなどと同じく近年、コロナ前はちょい飲み需要で伸びていた。また、飲酒運転の規制が厳しくなったため、郊外ロードサイドから、駅前に店舗をシフトしていた。赤と白のグラスワインがたった100円です飲めるのも、サイゼリヤの魅力。
ちょうど、大人数の宴会が減って不振に陥っていた「和民」「笑笑」などの総合居酒屋が撤退した跡地の駅前商業ビル、複合ビルの空中階、地階に、サイゼリヤやガストは入れ替わるようにどんどん入っていった。居酒屋化していたので、お酒の自粛が響いた。
コロナ禍で、サイゼリヤの屋台骨が揺らいでくると、20年2月には浅草にパスタに特化した「伊麺処(PASTADOKO)」、同年11月には日本橋茅場町にミラノ風ドリアをメインに据えた小型店「ミラノ食堂」をオープンするなど、新業態にも果敢に取り組んだが、共に失敗した。
顧客のマスクに紙ナプキンを装着する、「じゃべれるくん」というオリジナルの食事用マスクを考案。マスク会食の推進を目指したが、これも実りがあったとはいえなかった。
20年の第1回目の緊急事態からしばらくは、サイゼリヤの打つ手が決まらず、迷走している印象があった。
しかし、もともとサイゼリヤは、19年12月に発売した「アロスティチーニ(ラムの串焼き)」が爆発的なヒットとなり、品切れが続出。商品調達を整備した20年1月と2月は、既存店売上高が前年同月比で105%、107%と、上り調子だった。それまでは前年の売り上げを下回る月が3カ月間続いていたが、反転した。
コロナ禍もある程度落ち着くと、顧客がアロスティチーニを思い出し、サイゼリヤに戻ってきた。サイゼリヤでしか売っていないから、お店に行かないと食べられない。今もアロスティチーニは人気で、夜に行くと売り切れていることがしばしばある。このヒット商品のおかげで、サイゼリヤのちょい飲みはかなり復活してきている。
また、以前はイタリアから直送したジェラートなどのスイーツの数が少なかったが、今はメニューブックを丸ごと1ページ占拠している。
平日500円とワンコインの安価なランチは、9種類と豊富で、100円でドリンクバーも付く。
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