それにしても、なぜ香りを漂わせる装置を開発したのだろうか。郡さんはもともとアロマセラピストとして働いていたわけだが、ある人からこのようなことを言われた。「自分は舞台の特殊効果の演出をしている。煙を出したり、花火をあげたりしているが、芝居のワンシーンで香りを体感できるような演出をしたいと思っている。手伝ってくれないか」と。
郡さんにとっては、畑違いの仕事である。香りをつくる技術や経験はあるものの、ステージで演出できるような機材は持っていない。「舞台演出ってなに?」といったレベルの素人だったが、依頼があれば仕事を引き受けることにした。大きな劇場だけでなく、ライブ会場、ファッションショー、企業のイベントなどで香りを演出することに。
どのような仕組みで香りを漂わせているのかというと、舞台の袖にはスピーカーが並んでいる。その前または横に機材を設置して、大きなファンを回すことで、空間に香りを漂わせているのだ。1秒で5メートル先まで香りを拡散できるそうで、計算上では大きな会場でも問題なく漂わせることができる。が、しかしである。駆け出しのころ、経験が不足していたこともあって、うまくいかないことが続いたのだ。
例えば、ライブ会場で香りを漂わせることになったとしよう。もちろん、リハーサルを行うわけだが、そこでうまくいっても、本番ではうまくいかないことがあった。なぜか。人の息である。当たり前の話になるが、人間は息をする。吸って吐くという行為によって、香りの滞留が違ってくるのだ。リハーサルでは人がいない、しかし本番ではたくさんの客が詰めかける。人数によっても違うし、会場の広さだけでなく形状によっても違ってくる。
また、ライブによっては、観客が立つことがある。となると、鼻の位置が違ってくる。全員が座った状態を想定して、香りを噴射したものの、そのときのライブは盛り上がったこともあって、観客が立ち始めたのだ。そうすると、前列にたくさんの壁ができてしまって、後方の人たちにうまく届かないこともあったそうだ。
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