豊田章男社長を取材し続けた筆者が思う、退任の本当の理由池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/6 ページ)

» 2023年01月30日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

政治を当てにしていないトヨタ

 それはそうだろう。経団連にしてみれば日本最大の企業であるトヨタは味方にしたいに決まっている。ところが当のトヨタは、政治を当てにしていない。むしろ放っておいてほしい。相互不干渉こそが理想だったのだ。その姿勢を変えて、2022年にモビリティ委員会を設置したのは、急激に状況が変わったからである。

 菅政権の発足によって、カーボンニュートラルが最優先政策として定められ、理想主義に特化して実現がほぼ不可能と思われるルールがどんどん策定されようとした。隙あらば「内燃機関の完全撤廃」を掲げようとする勢力が暗躍し始めた。結果的にはハイブリッドを除外するという形で落着しているが、これをさらに押し込もうとする勢力が今も実在している。

 突如として政治が自動車産業に干渉を始めたのである。その力学的変化の結果、政治と対話をする産業側のカウンターパートがどうしても必要になった。それには既存の、業界内調整団体である日本自動車工業会では格が合わない。あるいは機能が合わない。政治に面と向かって、「NO!」と言える組織を作らずにいたら何がどう決まっていくか分からないからである。

 結果的に、豊田社長が担ぎ出されて、経団連モビリティ委員会の委員長をやむなく拝命しかかったタイミングで、心無いメディアが、「経団連会長への野望のルート」などと書き立てた。豊田社長にもとよりそんな気はない。だから住友化学の会長であり、経団連全体の会長でもある十倉雅和氏に委員長をお願いし、デンソーの社長の有馬浩二氏と連名で3人連座の座組を作ったのである。何なら本人は外れたかったかもしれないが、現実的なラインはそうやって決まった。

豊田社長の原動力となった2つのポイント

22年12月に行われたタイトヨタ設立60周年記念式典での豊田章男社長(出典:トヨタ自動車)

 権力欲がからきしないとすれば、足掛け14年に及ぶ社長生活の中で、豊田社長のモチベーションはどこにあったのだろうか? 筆者はそのポイントは2つあると思っている。1つは創業以来のトヨタ自動車を担って来た歴代創業家の人々の苦労に報いたいという思いである。

 豊田社長自身の言葉によれば、「先祖の方々は大変な苦労をしつつ、あまり報いられることなく世を去っていった。彼らの労に報い、想いを引き継いで、彼らが不本意ながらやりきれなかったことをきちんと完成させたい」。それは創業家の末裔としての責任感だろう。

 そしてもう1つは、豊田綱領にもある「産業報国」である。ちょっとトヨタのWebサイトから抜き出してみよう

一、上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし

一、研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし

一、華美を戒め、質実剛健たるべし

一、温情友愛の精神を発揮し、家庭的美風を作興すべし

一、神仏を尊崇し、報恩感謝の生活を為すべし

「豊田綱領」とは、豊田佐吉の考え方を、豊田利三郎、豊田喜一郎が中心となって整理し、成文化したもの。

佐吉の5回目の命日にあたる1935年(昭和10年)10月30日に発表された。

トヨタグループ各社に受け継がれ、全従業員の行動指針としての役割を果たしている。

 これはいくら言っても信じない人は信じないのだが、取材のたびごとに、筆者は感じ取ってきた。豊田社長が常に経営判断の大原則に置いているのは「日本経済を良くするにはどうしたらいいか?」であり、世界の人々をモビリティの力で幸せにすることである。「誰か」のためであって、「自分」のためではない。優等生発言に聞こえる「幸せの量産」が指し示しているのはつまるところ産業報国なのだ。

 もちろん利益は上げる。トヨタが損をすれば日本が繁栄するならばともかく、現実はトヨタが儲けることは日本の経済成長にとって重要だし、利益を出し、サステイナブルであることは、志を実現するための基礎である。儲けるのは当たり前。それは目標でも目的でもなんでもない。呼吸をするように、できて当たり前のことであり、利益の先にある「何のために」こそが企業の価値である。豊田章男が率いるトヨタにとっては、それが産業報国であり、幸せの量産だ。

 いささか以上に、口幅ったいが、筆者はそういう意味で同志だと思っている。それこそが今回ここに肩入れを宣言して記事を書く理由である。

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