豊田章男社長を取材し続けた筆者が思う、退任の本当の理由池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/6 ページ)

» 2023年01月30日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

豊田社長の言葉に感じた本気の想い

 以前、筆者は動画の中で「ボクは日本経済の応援団であるつもりです。だから、多くの場面で日本経済と利害の一致するトヨタを応援します。けれどもそれはあくまでも日本の応援団でありたいからであって、トヨタが日本経済に仇なすのであれば、その時は徹底的に批判するつもりです」と言った。

 次の取材で顔を合わせた時、豊田社長はその動画を見ていて、筆者に言った。「いつまでも日本の応援団でいてください。トヨタの応援団である必要はありません」。もちろん、それが絶対に計算の上での発言ではないという証拠はない。けれども、そういう言葉を発するとき、至誠がそこにあるかないかは、たいてい分かるのではないか? ましてやさまざまな状況で、何度も重ねて経営上の判断を聞けば、意思決定の中核にあるものが何かは分かるはずである。筆者はそこにどこまでも本気である想いを感じた。

 取材する側の一般論として、どこのメーカーも、そう簡単にトップとは話をさせてはくれない。ヘンに切り取られて書かれれば、株価に影響を与えかねないし、どんな問題に発展するか分からないからだ。筆者が取材を通じて失礼ながら豊田社長を値踏みしていた様に、トヨタもまた筆者の記事を検分しつつ、「池田直渡」という書き手を値踏みしていたはずである。

 記事の値踏みとは何か? たぶんそこも誤解されているだろう。おべっかや、お追従を書き並べたって意味はない。そういう態度にむしろ彼らは厳しい。彼らも完璧ではないから、ダメな製品やサービスをリリースすることはある。彼ら自身、そしてその失敗に内心気づいてもいる。その時、きっちり批判できる書き手かどうかを彼らは見ている。痛いところを指摘できない、つまり見る目のない相手に用はないのだ。

 褒めてくれるだけの相手は要らない。むしろ無条件にただ褒めてくれるなら放置しておけばいいことだ。褒めるにしろ批判するにしろ、明確な基準を持ってフラットに書こうとしているかこそが厳しく見られている。

 そりゃ当たり前だろう、ヨイショすれば気に入られるのならそんな簡単な話はない。ついでに言えば、金をもらうだ何だという話も世間知らずだと心底思う。そんなレベルの低いヨイショ記事に、コンプライアンス上のリスクを賭けてまで、いちいち金を払う上場企業なんてあるわけがない。

 それは、紙媒体が正式なタイアップ記事を作る過程を、一度でも間近で見たことがあれば自ずと分かる話で、少し大袈裟に言えば、裁量を持つ階層の人に一文字一文字確認を求める作業であり、当然その裁量権者に届くまでに何人もの現場担当者のガードをくぐり抜ける。当然、やりとりや調整だけでも膨大な手間暇がかかるし、とてもではないが個人でできる様な作業ではない。当然金もかかる。そんなことでむやみに金をばら撒(ま)いていたらトヨタはああいう決算にならない

 で、最初のうち、必死に足で、目で、耳で集めていた情報は、値踏みの結果、むしろ黙っていても入ってくるようになった。それはもう浴びせ倒しと言っていいほど、日々情報が飛んでくる。むしろ情報との戦いである。流れ込み続ける膨大な情報をベースに、常に値踏みされても大丈夫なように、明確な基準でフラットに書き続けなくてはならない。

 そういう積み重ねの結果として、豊田社長だけでなく多くのトヨタのキーパーソンが、いろいろなことを教えてくれるようになった。彼らはフラットな記事を心底欲しているから、彼らから見てそう見える相手にどんどん情報を投げるのだ。

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