マーケティング・シンカ論

バンナムが『アイマス』でWeb3.0型の戦略 顧客同士が横展開するマーケティング600億円の市場(2/2 ページ)

» 2023年02月11日 05時00分 公開
[河嶌太郎ITmedia]
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ファンコミュニティによって広がっていったコンテンツ

 このように、『アイマス』はトップダウン的にタテに広がったコンテンツではなく、ファンコミュニティによってヨコに広がっていったコンテンツといえる。もちろんこの裏には、こうしたファンの動きに対して企業が黙認の姿勢を示し、その姿勢がユーザーにも理解されているからに他ならない。

 ファンであるユーザー一人一人を「プロデューサー」と呼ぶ文化も、この動きに一役買っている。例えば、『アイマス』ファンの間では、「担当」と呼ばれる自分の好きなキャラクターに関する動画をアップロードしたり、考察を展開したりする活動は「プロデューサー(プロデュース)活動」として認められている。

 大勢のファンが一斉に集まる音楽ライブではより分かりやすく、演者から観客に向けては「プロデューサーの皆さん」といったような呼びかけがされる。さらにライブ終演時には、観客同士が周囲に「お疲れさまでした」とあいさつするのが慣例だ。

 ライブを日頃のストレス発散のはけ口にするケースもある中、『アイマス』のライブ会場では観客は「プロデューサー」であることが求められる空間にもなっている。すなわち観客はアイドルから尊敬される紳士淑女であらねばならず、逆に紳士淑女として振る舞うことによってファンとしての一体感を得られる場にもなっている。いうなれば、ライブ会場が社交界のような空間を形成しているのだ。

 実はこの仕組みは、「マズローの欲求5段階説」というマーケティング理論にも当てはまる。これは人間の欲求を下から「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」の5段階に分けた考え方だ。

 『アイマス』はファン同士のつながりを生むことによって、少なくともユーザーの「社会的欲求」や「承認欲求」を解決するサービスにもなっている。人によってはプロデューサー活動によって「自己実現欲求」を解決するきっかけにもなっている。

 こうした仕組みからも、『アイマス』ファンの民度は高いと他のコンテンツのファンから評価されていて、ユーザーの意識の高さがそのまま『アイマス』のブランドの高さにもつながっている。

 2005年に初代の『THE IDOLM@STER』が展開されて以降、11年に『アイドルマスター シンデレラガールズ』、13年に『アイドルマスター ミリオンライブ!』、14年に男性アイドルキャラクターを中心に扱った『アイドルマスター SideM』、18年に『アイドルマスター シャイニーカラーズ』と派生作品が誕生しているものの、いずれもこの基本の作りは変わっていない。

 この「プロデューサー」としての意識の高さは、コロナ禍でも大いに発揮された。『アイマス』の音楽ライブの特徴として、「プロデューサー」によるライブ開場での統一された声援が挙げられた。ところがコロナ禍で直接的な声出しができなくなると、その場はネット空間に移されることになった。

 バンダイナムコ側も、こうした需要に応える形で自社エンタメコマースサイト「アソビストア」と連携した、「ASOBISTAGE(アソビステージ)」という配信サービスを拡充した。コロナ禍で多くのアーティストが、ライブのオンライン配信を始めた。「アソビステージ」では単にライブの様子を配信するだけでなく、オンライン空間だからこそ実現できるライブ体験という付加価値を提供している。

 具体的には、配信だけで見られる、実際の映像にAR(拡張現実)を重ねたステージ演出や、ユーザーのコメントによる声援が可視化できる機能がある。特にARによる演出は定着していて、今や普段の『アイマス』の情報配信番組では、実在する司会の隣でキャラクターがそこにいるかのように会話をする光景は今や当たり前となっている。

 こうした技術自体はコロナ禍になる前から存在していたものだった。ただ、コロナによってオンライン配信の需要が高まって実現したものが大きい。くしくも、コロナによって急速に「時代が追いついた」のだ。

 波多野ゼネラルマネージャーもこう説明する。

 「コロナになってからの数年で失われてしまったものも大きい一方、自分たちの配信の場所を作り、演出表現をかなり拡大できた部分もありました。コロナによって新たに生まれたものは、コロナが明けても残したい文化だと思っています。今後はバーチャル空間も楽しくしていきたいですね」

 こうした流れを受け、バンダイナムコが『アイマス』でより加速しようとしているのが、「3.0 VISION」によるWeb3.0の強化だ。Web3.0では、ライバー(配信者)活動を軸に据えた新アイドルコンテンツ「ヴイアライヴ」によって、アイドルとのリアルタイム交流を可能にしようとしている。

 とはいえ、『アイマス』自体がアイドルと交流することをコンセプトに作られた作品であり、「ヴイアライヴ」もそのコンセプトを時代と共に強化しただけに過ぎない。『アイマス』は未来志向のコンテンツであるため、バンダイナムコが企業としてのバーチャル戦略を強化する上で避けて通れないIPにもなっている。『ガンダム』とは別の方向で未来を打ち出せるコンテンツと言えるだろう。

 バンナムの挑戦がどうなるのか。『アイマス』というバーチャルアイドルの本家本元に対して他社がどのように追随するのか。注目が集まる。

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