マーケティング・シンカ論

時価総額は2兆円 医療IT「エムスリー」の圧倒的なビジネスモデルに迫る勝手に考察!「隠れ優良企業」のビジネスモデルに学ぶ(2/4 ページ)

» 2023年08月28日 08時00分 公開
[林圭介ITmedia]

エムスリーのビジネスモデルとは?

 同社にはグループ企業も含めると数多くの事業が存在しますので、一部の事業を抽出し図解します。その上で、同社の強みを4つ紹介します。

エムスリーのビジネスモデル(画像:筆者作成)

特徴1:国内医師のほとんどが利用する情報メディア「m3.com」

 なんといってもエムスリーのすごさは、国内医師の90%以上が登録する「m3.com」というメディアを持っていることです。ここで獲得したユーザー(医師)にリーチができることを強みに、製薬会社がマーケティング・営業の場として利用したり(MR君)、そこに集まる医師に対して求人情報を掲載することでマネタイズしています。

医療専門サイト「m3.com」(画像:エムスリー公式Webサイトより)

 登録制のサイトなので実際のサイト内の閲覧は叶いませんでしたが、過去の決算資料を見る限り、「医療ニュース」「会員掲示板」「文献検索」などのコンテンツを用意しているようです。

 21年の調査ではMRや、文献・医学論文を抑え「最も有用な医薬品の情報源」となり、業界になくてはならないサービスとして存在感を示しました。

「最も有用な医薬品の情報源」にも選出された(画像:ミクス 2021年2月号 医師が「有用と考える医薬品の情報源」より)

特徴2:閲覧者は医者だけなのに月間数千万PV、粘着性もすごい

 現在は公開していませんが、06年までは同社の決算書のなかでメディアの各種KPIを公開していました。そこには驚愕の数値が掲載されています。

メディアの各種KPI(画像:エムスリー平成19年3月期 決算発表資料より筆者作成)

 医師1人当たり平均で月10回以上ログインしているので、2〜3日に1回はログインしていることになります。さらに信じられないのは、1回ログインしたら平均で20ページ以上閲覧しているという点です。

 「全登録医師がアクティブ(休眠でない)」という前提で算出しましたが、仮に半分の医師が休眠状態だとしても高い数値だと思います。私も過去にWebコンサルタントとしてさまざまなメディアを見てきましたが驚異的な粘着性という印象を持ちました。

特徴3:粘着性を生む高付加価値コンテンツ自体をマネタイズのポイントに

 実際のメディアを見ていないのでこれは私の想像ですが、上記の圧倒的な高頻度ログイン+他ページ閲覧を生んでいる要因として、以下2点が寄与していると思います。

  • 製薬会社からの薬剤に関する情報(MR君)
  • 病院の求人情報

 医師は各種薬剤に関して最新の知識を持っておく必要があります。医薬産業政策研究所の発表によると、22年には174品目の薬が誕生したとのことです。2日に一度は新しい薬が誕生している計算になります。嫌でもログイン頻度が上がりそうです。

新医薬品の承認品目数とその内訳(画像:医薬産業政策研究所「日本で承認された新医薬品とその審査期間-2022年承認実績と経年動向調査-」)

 また、求人情報も水ものですから日々内容が変わります。これも高頻度ログインを生む源泉になりそうです。

 一般的にWebメディアで「広告収益でマネタイズしよう」と考える事業者の多くは、メディアのコンテンツと収益ポイント(広告やメディア運営者が別で提供しているサービスの提供など)と相性の良し悪しの問題で苦戦すると思います。しかし、m3.comの場合は「収益化ポイントなのにコンテンツ価値が高く、粘着性の高さを生んでいる」点が秀逸です。

特徴4:メディアを強みに主要ステークホルダーを巻き込む

 ここまで述べてきた通り、同社はm3.comを通じて「医師」という医療業界のステークホルダーの中で一番希少な存在の囲いこみに成功しました。その強みを生かし、現在では医療業界のステークホルダー全てに対して価値提供できる事業を展開しています。

 各種ステークホルダを囲うことで新規事業立ち上げの成功確度も上がりますし、事業単体でなく事業同士のシナジーも強く働くことになり、個人的にはもはや日本でエムスリーに関わらない形で医療系の事業を広く展開するのは無理なのではないかと感じるほどです。

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