356億円が消えた「クールジャパン機構」の大失態 その“楽観的すぎる計画”の中身古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(1/2 ページ)

» 2023年11月06日 13時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

 10月31日の国会中継では、官民出資のファンドである「クールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)」の356億円にも上る巨額の累積損失が厳しく追及された。この機構は日本の文化産業の海外展開を支援する目的で安倍政権下の2012年12月に設立されたが、投資先の選定ミスなどが重なり、設立後程なくして毎年のように損失を招いていた。

 クールジャパン機構は、本来日本のアニメ、ファッション、食品などの文化コンテンツを海外市場に展開することを目的とする。日本の「クールな」ブランドイメージを世界に広めるために事業会社に出資するファンドとしての役割を担っている。

 しかし、運用上の問題や損失が度々指摘されており、その経営効率と透明性が問題視されている。具体的には、官僚組織によるビジネス判断の難しさ、市場原理との乖離(かいり)、そして柔軟な意思決定の遅れなどが挙げられるだろう。

 最大の問題点は、日本文化コンテンツの世界的人気を背景に、非常に楽観的な収益予測を立てていたことにあると考えられる。実際のところ、いくら人気のコンテンツであっても、海外市場に進出するにはニーズの正確な把握やローカライズの難しさ、激化している競争状況など、複数の障壁が存在する。また、海外展開したコンテンツが文化として根付くにはかなりの時間を要するため、短期間でのリターンを期待する計画は非現実的であったと言わざるを得ない。

“楽観的すぎる計画”の中身

photo 蓮舫参院議員の公式X投稿より引用

 衆議院予算委員会で蓮舫参院議員によって提示されたクールジャパン機構の収支推移図を確認すると、クールジャパン機構は足元で356億円の累積損失を抱えており、17年からの5年間で累積損失は4倍近くにまで膨れ上がっている。

 18年時点では、24年には累積損失を全て回収し、そこから10年間で累計512億円の利益が出てくると見込んでいた。しかし19年から3回の下方修正をへて、現在では33年まで黒字化はお預けとの計画になっている。

 しかしながら、その実現可能性は不明確なままだ。不思議なことに、同機構は26年ごろを境に、過去に幾度も下方修正されたはずの楽観的な収支計画をも上回る急スピードで謎の収支回復が発生することを見込んでいるが、その信憑性には疑問符がつく。

 22年11月にも、優秀な人材の確保のため、職員のボーナス査定に差を設けたり、職員が投資先に自身の資金も投資できるようにすることで担当案件からの利益が還元される仕組みを設けるなどの見直し案が出されたが、本質的な収支の改善には至らなかったようだ。

 クールジャパン機構が23年3月末に公表した「第10期事業年度 事業報告」には、同機構が対処すべき課題が挙げられている。

「これまで投資対象として注力してきた分野以外にも、当社の海外需要開拓として投資意義のある案件があり得るのではないか、という課題認識」

「投資分野は非常に広範な領域が考えられる中で、様々な専門性・ネットワークを補完す る人材を機動的かつ十分に確保する必要がある課題認識」

「新型コロナによる事業見通しの不確実性が高まる中 で、投資先のモニタリング機能や社内の管理部門から投資部門への監督機能をより効果的に発揮させる必要があるのではないか、という課題認識」

 投資回収の強化のためには、下記の対策を打ち出しているが、具体的にそれぞれの施策がどのような収支改善効果をもたらすかについては言及されていない。

「政策性を前提に、収益性の蓋然性が高い案件組成をすべく、これまで注力していない分野 への支援」

「支援決定時において、海外需要開拓委員会が支援決定の議論に当たり、専門性の補完とし て、外部専門家による客観的な意見・評価を求めることができる仕組み」

「社長を議長として、既存の投資案件の事業状況を確認するモニタリング会議を四半期毎の開 催から毎月開催に強化」

 26年からの急激なV字回復を説得的にさせる要因は、機構の報告書からは読み取れない状態となっている。

 楽観的な見込みが実績を下回り、幾度となくグラフが下方修正されていく──そんな光景に既視感がないだろうか。国立社会保障・人口問題研究所の「合計特殊出生率」の推移と実績の乖離が思い出される。同研究所は、昭和後期から人口予測における合計特殊出生率の低下が一時的で、すぐに従来の水準まで回復するという仮定を1980年代から続けており、実績値はそれらの推計値を毎回下回ってきた。

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 こうした予測がよくみられる要因として、政策や計画の正当化、関係者のモチベーション維持、または社会の期待を維持するといった意図が含まれている可能性はあるだろう。また、数値や将来の見込みに対して現実的な悲観性を持たせることは、時の政権に対して責任追及を招くリスクがあるため、自然と前向きな展開を示す形に傾くといった政局面でのバイアスがかかりやすい可能性もある。

 また、当時の日本では高度経済成長によるベビーブームのように、本来であれば外れ値として処理されてもおかしくないような要因も推計の基データに含まれていたことで、全体における合計特殊出生率の低下を過小評価した可能性も高い。当時発生していたオイルショックも相まって、少子化の傾向が本当に一時的なのかという批判的視点を長年欠如したことが現在まで響いていると考えられる。

 このような流れをくむと、クールジャパン機構の下方修正された収支計画は、26年の“謎の回復”も期待できず、今後も下方修正の憂き目にさらされてしまう可能性が高いといえるだろう。

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