QRコード、タッチ決済 鉄道はキャッシュレス乗車でどのように進化するか杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/6 ページ)

» 2023年11月25日 08時30分 公開
[杉山淳一ITmedia]

QRコードの最終目標は「自動券売機、自動改札機の低コスト化」

 JR東日本は2020年の2〜9月にQRコード乗車券の実証実験を行った(参考リンク)。新宿駅と高輪ゲートウェイ駅に「タッチしやすい自動改札機」を設置した。この自動改札機は交通系ICカードの読み取り機を利用者側に傾けて設置し、車椅子利用者にも使いやすくした。さらにQRコード読み取り機を設置した。磁気きっぷの投入口はなく、外観はスリムな印象だ。そしてQRコードきっぷは、紙媒体版とスマートフォン表示版があった。

高輪ゲートウェイ駅の自動改札。中央が「タッチしやすい自動改札機」(出典:写真AC、高輪ゲートウェイ駅の改札

 「紙媒体のQRコードきっぷ」にJR東日本の意図が見えた。それは「磁気券式きっぷ」の廃止だ。交通系ICカードが普及したとしても、100%にはならない。現金できっぷを買いたい人はいるし、企画乗車券や指定席券など、職員が券面表示を確認したいきっぷは交通系ICカードで扱いにくい。

 現在の紙のきっぷは裏面に磁性体を塗りつけて、そこにきっぷの情報を記録している。自動改札機は磁性体に記録された情報を読み取って、きっぷの有効性を判断する。その処理速度はすさまじく、挿入口から放出口まで0.7秒だ。人が1メートル歩くと1秒かかる。だから放出口に人が到着する0.3秒前にきっぷが出てくる。

 このとき自動改札機の中ではローラーやコンベアできっぷを送りつつ、「挿入検知、裏表確認、方向確認と是正、磁気ヘッドで読み取り、有効確認、パンチ穴穿孔、放出」という行程を経ている。機械としてはかなり複雑で高精度、少しでも不具合があると止まってしまう。ときどき自動改札機のメンテナンスを見かけると、内部の複雑さがよく分かる。

「タッチしやすい自動改札機」(出典:JR東日本、「タッチしやすい自動改札機」の実証試験について
磁気券式自動改札機の内部。QRコード、ICカード、クレジットカード決済のみの改札機ならこのメカが不要となる(出典:Wikipedia、Train ticket machine internals.jpg

 紙のきっぷがQRコードになると、このような機械仕掛けは不要になる。必要なのは、せいぜい通路を閉鎖する扉だけだ。現在の自動改札機は登場時に比べてスリムになったけれども、機械仕掛けがなくなることでもっと薄くできる。その結果、8レーンあった改札口が9レーンになるとか、8レーンのまま案内スペースを広げるなどの効果もありそうだ。

 きっぷ券売機も印刷情報にQRコードを加えるだけ。磁性体へ記録する工程は省略できる。実はこのシステムは13年に広島県のスカイレールサービス、14年に沖縄県のゆいレールでも導入していた。いまや航空機の搭乗口でも使われている。

 しかし、JR東日本には「改札通過速度」が必要だった。あらゆるきっぷに対応するデータ量を処理するために、読み取り精度を上げて高速に処理しないと、都会のラッシュ時に耐えられない。ちなみに、外国の地下鉄で見られるような、棒を押し出して1人ずつ通過させる自動改札機は1分間当たり30人を処理できる。JR東日本の磁気きっぷ自動改札機は45人を処理できる性能があった。QRコードスキャンは、これと同等以上の速度が求められる。

 JR東日本がSuicaを開発するとき、自動改札の通過人数シミュレーションを田町駅のモデルで実施したところ、1分間に47人通過可能な場合は、電車を降りて改札を出ようとする人たちの小さな集団ができるが、次の電車到着までに解消した。しかし1分間に32人が通過可能と設定した場合は改札前の集団が大きくなり、集団が解消する前に次の降車客が押し寄せてしまった。

 そこでSuicaのICカードの読み取りは0.2秒という目標を掲げた。電波法の規制もあり、改札機側の電波到達範囲は100ミリメートル、通信速度は212Kbpsとした。非接触型ICであるけれども、確実に読み取らせるために「タッチアンドゴー」というキャッチフレーズをつけた。

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