ドイツの大衆車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)初のフル電動SUV「ID.4」。
国内外のメーカーがベンチマークとするゴルフなど、車のレベルの高さが評価され、VWは日本市場で確固たる地位を築いてきた。今は電気自動車(BEV)推進を積極的に進めている。
フォルクスワーゲン ジャパン 広報・マーケティング本部のトマ・ビルコ・ディレクターに、日本でのBEV戦略を聞いた。
日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員会は12月7日、トヨタ自動車の「トヨタ プリウス」を「2023-2024 日本カー・オブ・ザ・イヤー」に選定した。実はこの最終選考の10台の中に、ID.4もノミネートされていた。
ID.4は2020年に登場した世界戦略車だ。誰でも運転しやすいように仕上げているのが印象的で、世界中のドライバーをターゲットにしている。日本では8月の東京を皮切りに、展示・試乗イベント「Volkswagen ID.4 Caravan」を全国19都市で実施。販売促進をしている。
東京でのキャラバンスタート日に登場したのが音楽ユニット「Every Little Thing」ボーカルの持田香織さん。20歳で自動車免許を取得して以来20年以上、ゴルフに乗りつづけている筋金入りのVWカーのオーナーだ。
日本市場では言うまでもなく国産メーカーが強い。外国メーカーにとっては販売が厳しい市場だ。それでもVWにとって日本市場は重要だという。
「確かにVWグループ全体でみると販売台数が上位にくる市場ではありません。ですがオーナーの車へのニーズが高く、知識も深いのです。つまり日本人の要望を満たせれば、それは良い自動車を作れることを意味します。多くの部品サプライヤーがいるので、とても重要な市場です」
日本市場のメインターゲットは家族を持った30〜40代という。
「特にID.4は車内も広く、パノラマルーフがあるので、後ろに座っていても開放感があります。ですから日本市場にぴったりだと思っています」
新車を販売するには課題がある。半導体不足などから自動車業界全体として納車までの期間が長いことが問題視されているのだ。ID.4は従来よりも納期を短縮できる態勢を整えた。ビルコ・ディレクターは「ID.4は、これまでドイツ内陸部にあるツヴィッカウ工場で作られていました。一方、日本向けのID.4は、輸出港が併設されているエムデン工場に生産拠点を移管させたのです」と話す。
フォルクスワーゲン グループ ジャパンのフォルクスワーゲン ブランド ディレクターであるアンドレア カルカーニ氏が、本社と交渉した努力が実を結んだという。ただ、BEVへの移行が一気に進むわけではないため、現実的な戦略を取る。それは「2本柱戦略」だ。
「25年まではBEVだけではなく内燃機関(ICE)の販売にも力を入れて、バランスを取った販売をしたいと考えています。大衆車メーカーですから顧客のニーズに応える必要があるからです」
かつて日本で売れる車は、ファミリー層が使いやすいセミキャブワゴン(ミニバン)が主流だった。最近はスポーツ用多目的車(SUV)が目に付くようになった。日本自動車販売協会連合会によると、23年1月〜11月のSUVの販売台数は80万8903台。22年通年の65万6326台をすでに超えている。それどころか、ミニバンの2023年1月〜11月の販売台数71万1581台をも上回った。
VWは日本でのSUVの人気をどう捉えているのか。
「SUVは日本のみならず、世界的にも、メジャーになっていく車だと思います。さらにSUVの中でもコンパクトなものが売れるセグメントとみていて、ID.4の日本投入はそういった理由があります」
かといってミニバン市場を見切ったわけではない。「早ければ2024年末にはBEVのミニバンであるID.Buzzを日本で販売する予定です」と話す。前述のように大衆メーカーとして客が求める車を提供していく方針だ。
人気が高まっているSUVにしろ、ミニバンにしろ、国産車ではなく輸入車の購入になると依然として敷居の高いイメージがある。
ビルコ氏は「ID.4のライバル車と価格を比較してください」と価格競争では負けない自信をみせる。
「VWの車は長期間、運転できますし、長く使っても古臭くならないタイムレスな車であることを、説明し続ける必要があります。VWの販売店は全国に約250店舗あり、地方に行けば行くほど、外車の販売店はVWしかないところもあります。この強みをもっと生かした販売戦略をしていきたいです」
現在VWは、愛されるブランドを目指すということで「Love Brand」というキャンペーンを展開している。
「これからは車の性能よりも『人との共存』にフォーカスしたブランドに戻りたいと思ってます。VWはビートルなど愛される車を持っているにもかかわらず、最近はスタイリッシュなどといったファッション的な方向に振っていたところがありました。22年にドイツ本社の最高経営責任者(CEO)がヘルベルト・ディースからオリバー・ブルーメに代わり、大衆車メーカーとしての原点に戻る方向性を打ち出しています」
1945年に販売された初代ビートルは2003年まで生産されたロングセラーで、2150万台以上も販売した。世界で最も愛された車の1つだ。
「日本においての初代ビートルは、『車』というより『かわいらしい商品』として捉えられていて、オーナーズミーティングを開催すると、今でも状態のいい車がこんなにあるのかと驚きます。ニュービートルが12年に日本で販売を始めたとき、大きな反響を呼びました」
VWらしさを前面に出すことが日本市場での成功の鍵になると強調する。
「ニッチな車よりも大衆が喜ぶ車の開発の方が大変です。VWはそれをずっと行ってきたメーカーです。車に派手さはないですし、『質実剛健』のイメージがありますが、車を運転すればするほど愛着がわくブランドなんだと思います」。
確かに持田香織さんが20年以上オーナーであることを考えると、ブランドロイヤルティが高いのが分かる。なぜそんなに愛着を持ってもらえるブランドなのかを聞いてみると「基本に忠実だから」だと分析する。
「デザインならシンプルであり続けよう、プラスチックを使うとしてもそのプラスチックを良く見せるようにしよう、身長の高い低いにかかわらず乗りやすくしよう……など全てにこだわっていて、自動車業界のベンチマークにもなっているからだと思います」
日系のメーカーとVWでは開発方法も異なる。日系はフルモデルチェンジをするたびに、何かをやめて新しい技術などを搭載する傾向が強い。前代と新車の連続性・継続性が途絶えることがしばしばある。一方VWは、これまでの良さを残しつつも、前代をどう乗りこえられるかを考える。「例えば、ゴルフでもシートデザインを変える時でさえ、慎重に検討を重ね、本当に良いと判断した時に変更します」。
もしシートを変えた結果、乗り心地が変化してゴルフらしさが失われては意味がないと考えるのがVWだ。車の進化と同時に車の個性も重視している。
VWには、誰が乗っていても違和感のない強みがある。これは、全ての領域で質を高めたからこそ、大衆車メーカーであるにもかかわらず、良いイメージを持つことにつながった。一つ一つの商品のアイデンティティーを確立させられるか。日本の自動車メーカーのみならず、モノづくり企業がビジネス展開をする上でのヒントになりそうだ。
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