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組織改革したくば、まず味方を探せ タニタ3代目が明かす“幹部との全面対決”新春トップインタビュー 〜ゲームチェンジャーを追う〜

» 2024年01月15日 08時00分 公開

 体重計や体組成計など健康計測機器の大手メーカー・タニタは、2024年1月に設立80周年を迎えた。08年に創業家3代目の谷田千里氏が社長に就任。社員の働き方を中心にさまざまな改革を進めている。その最たる取り組みのひとつが、17年から取り組む社員の個人事業主化だ。

 谷田社長によれば、社長に就任後から組織を改革しようとしたものの、当初は積極的なリーダーシップを発揮できなかったという。理由は、取締役をはじめとする幹部たちの反発だ。社長就任前から「武闘派」として知られてきた谷田社長に、味方をする幹部は多くなかった。創業家の3代目といえど、それまで半世紀以上にわたり受け継がれてきた社内の慣習を打破する難しさがあったのだ。

 今では「もっといいやり方があった」と反省の弁を述べる谷田社長。社長に就任して16年目を迎え、どのように振り返るのか。現状の課題を、今年どのように乗り越えていくのか。谷田社長に聞いた。

谷田千里(たにだ・せんり) タニタ代表取締役社長/1972年大阪府吹田市生まれ、51歳。1997年佐賀大学理工学部卒。船井総合研究所などを経て2001年タニタ入社。2005年タニタアメリカ取締役。08年5月から現職。レシピ本のヒットで話題となった社員食堂のメニューを提供する「タニタ食堂」事業や、企業や自治体の健康づくりを支援する「タニタ健康プログラム」などを展開し、タニタを「健康をはかる」だけでなく「健康をつくる」健康総合企業へと変貌させた。著書に『タニタの働き方革命』(日本経済新聞出版社)がある

「部下がいる間、上司は帰るな」 指示に幹部たちが反発

――01年にタニタに入社した当初は、武闘派の側面もあったようで、周囲との対立も少なくなかったといいます。08年5月に3代目の社長に就任し、15年が経(た)ちました。この間リーダーとしての考え方は変わりましたか。

 変わりましたね。今でも「武闘派」だと思っています(笑)。とはいえ加齢と経験を重ね、アメとムチとではないですが、剛柔使い分けられるようになってきたと思います。

 ただ「ついてこられるならついてきてみろ」という武闘派の率先垂範の考え方は基本的に変わっていないですね。それでも15年前を振り返ると、もう少し良いやり方もあったろうという反省点もあります。

――社長としてどのように率先垂範していたのでしょうか。

 私がタニタの社長になれたのは、親が社長だったからです。従業員が「何でついていかなくちゃいけないの」と思うのは当然だと思っていました。ですから、自ら模範を示すために、バリバリ働くことを意識しました。

 取締役に対しては、上に立つ者として私と同じような形でやってもらいたいと言っていました。当時の取締役は皆、父に指名されて職務に就いていた方だったので、これからのタニタでの働き方を自らの行動で示して「若い社長のやり方についてこられないのならば、チェンジしたいと思っている」ということを間接的に言っていました。

 ただし、皆さん経験はありますので「私は外出も多く、手が届かない部分をサポートに回ってくれるのであれば、現在の皆さんのペースでも受け入れます。これならWin-Winの関係を築けますよね」ということも伝えて、社内の雰囲気づくりを、支え合う形に変えていきました。

――その接し方だと、取締役からの抵抗も相応にあったのではないかと察します。

 もう少しいいやり方があっただろう、そんなに事を荒立てるやり方をしなくてもよかったのではないかと今は思います(笑)。

――今ではだいぶ柔軟になったとは思いますが、変わっていない点もありますか。

 従業員に真っすぐぶつかっていく姿勢は変わっていないと思いますね。基本的には「私はこう思っています」というのは、なるべく直接伝えるようにしています。ただ、AIと仕事をしているわけではありませんので、正しいことを言うだけでは駄目だということも分かってきました。

――強い動機がなければ、年上の人たちに強く直言することも積極的にしないと思います。何が谷田社長をそうさせたのでしょうか。

 「この会社を立て直さないといけない」という意識が先に来ていました。今だったら特に人の気持ちについてなど、私の意識からくる行動に伴うリスクも考えられるのですが、当時はそういう点があまり見えておらず、ひたすら真っすぐでした。

 私が入社した00年代のタニタは、体脂肪計という市場で特許を持ち、一強の状態でした。その特許が06年で切れ、他社も参入してきている状況にもかかわらず、業界的にはシェア1位を維持していたので社内には「大丈夫」という雰囲気が漂っていたのですね。

 会社も人生と一緒で、いい時もあれば悪い時もあります。悪い時の原因を探ると、大抵いい時の慢心に起因しています。私はタニタの楽観的な空気がまずいと感じていました。

――とはいえ、当時の社内には味方も少なかったと思います。

 私がこのように強気でぶつかっていく姿勢でいたものですから、04年に子会社の「タニタアメリカ」に“島流し”に遭いました。05年からはタニタアメリカの取締役に就き、米国法人の立て直しをしていました。途中から父の命で本社の取締役も兼任していたのですが、米国での結果は出したかったので、1カ月のうち1週間だけは日本にいて、あとの3週間は米国にいる生活をしていました。

 米国ではジョブディスクリプション(職務記述書)によって仕事が明確に分けられていました。私は、担当がいない人事や総務の仕事もしていました。

 日本との往復の疲れから、日本のオフィスでの勤務の際に時折定時で帰ることがあったのですが、そうすると毎回特定の管理職と顔を合わせるわけですね。その日だけだったら「たまたま」だと思うのですが、毎回会うと「この人は毎日定時に帰っている?」と思うわけです。

 それで調べてみると、管理職が全く部下の指導をしていないことが分かりました。もちろん、育てるために部下に業務を任せきることも大切ですが、私には「放任」に見えたのです。管理職が、そういう働き方をしていたので、私が社長になったらすぐに「上司帰宅ポリシー」というのを出して「部下がいる間は、上司は帰ってはいけません。部下に指導するか仕事を手伝うように」と要請したのです。そうするとある日、ある管理職の人から会議室に呼び出されました。

「タニタアメリカ」に“島流し”に遭った当時の谷田社長(タニタ入社から3年程度、本人提供)

――幹部と全面対決の様相ですね。

 会議室に入ったら管理職である幹部たちがずらっと座っていて「あなたがやっていることは違法でしょう」と始まりました。でも、私はここが分水嶺になると思いました。ここで「ごめん」と謝ってしまったら、幹部たちは二度と私の言うことを聞いてくれない。なので、気合いが入りましたね。

 その場は「ポリシーだから別に業務命令ではないよ」という形で逃げて、とにかく自分の考えの説明に徹しました。その場はそれで収まったのですが、そうすると終わった後に何人かが来て「言っていることは正しいと思います。この会社はおかしい」と私の説明に共感してくださる人がいたのですね。中にはごまをすっていた人もいたのかもしれませんが、社内で誰が自分の味方をしてくれるのか、それがきっかけでたまたま分かったのは良かったと思っています。

――3代目の経営者として、社内で自分の味方を探しながら改革に乗り出していったわけですね。

 それでも自分の施策に反対する人たちはいました。そういった人たちは、会議では「はい」と言っても、おそらく私の指示を部門や部下に伝えないのだろうなと思いました。ですから、自分と一緒の方向を向いてくれる人たちと一緒に改革をしていきました。

 経営者が組織を変えようと思ったら、自分の思いに共感してくれる人を見つけて、その人たちと一緒にやっていくしかないのだと思います。

――社長就任から15年が経ちましたが、今はいかがですか。

 いろいろやってきて、やっと少しは落ち着ける段階に来たと思っています。一方で落ち着いたと思った途端、また悪くなり出したところもあるので、ネジを巻き直しています。

 今は業績的に赤字になる可能性がある部門が出るようになりました。他で補える部分がまだ多くあるので、会計上赤字になることはすぐにはありません。その要因を分析すると、新商品が出ていなかったり、コロナ禍で働き方が変わったりした点などがあると思っています。ただ全ては、立て直したことによって落ち着いてしまった自分自身に原因がある。そう思っています。

 谷田家には、創業者である祖父が残した家訓に「人生万事因己(じんせいばんじおのれがもと)」という言葉があります。これは全ての原因は自分にあって、他責にしてはいけないよという教えなのです。やはり自分自身に原因があると思っています。

――コロナ禍で働き方が変わったことにより、新商品が出にくくなってしまったのでしょうか。

 コロナ禍ではタニタは政府方針に従う形で、出社率を40%にするなど、リモートワークを推進していました。ただ、結果的になのですが、社員同士が顔を合わせる機会も減り、新商品のアイデアに影響が出た部分もあると思います。この決定をしたのは自分ですから、コロナ禍の働き方も、もっとやりようがあったようにも思っています。

 ただ、今ではコロナ禍も明け、出社を基本とし80%の出社率を掲げています。一生懸命にネジを巻き直している途中です。コロナ禍から生じた新たな課題も従業員が認識し出しているので、一緒に頑張っていきたいですね。

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