大正製薬、創業家による「7000億円超のMBO」に、投資家の批判が集まるワケ古田拓也「今さら聞けないお金とビジネス」(1/2 ページ)

» 2024年01月19日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

 大正製薬ホールディングス(HD)は2023年11月24日、日本企業としては過去最大の経営陣主導の買収(MBO)を実施すると発表した。このMBOにおいて、創業家が代表を務める企業が株式公開買い付け(TOB)を実施することで市場から株式を買い集める。その総額は約7100億円に達する見込みだ。

photo MBO実施の発表(同社プレスリリースより)

 大正製薬HDは「リポビタン」や「パブロン」などで知られる市販薬の国内最大手企業である。同社を巡っては、一般用医薬品の市場での伸び悩みが株価下落を引き起こし、非上場化によってネット販売や海外事業を迅速な意思決定のもとで立て直しを図ることが目的であるとされている。

 しかし、このTOBに関しては、一部の市場関係者や株主の個人投資家から批判の声も上がっている。論拠としては、1株8620円というTOB価格が安すぎるというものだ。TOB価格は直近の価格から50%程度のプレミアムが上乗せされた価格であり、安値で買えた投資家にとっては十分なリターンとなる。

 一方で、TOB価格をもってしても、大正製薬HDの株価は18年の高値1万3890円から4割近くも安い値段で上場廃止となる。中長期的な観点で投資した投資家の中では、大きな損失を抱える中でのオファーとなるため、納得感に乏しいのもうなずける。

7100億円のTOBは「安すぎる」のか? 最大の懸念とは

 最大の懸念は、TOB価格で考えた同社のPBR(株価純資産倍率)が、解散価値の1倍を下回る0.89倍であることだろう。大正製薬HDの事例では、創業家が時価総額7300億円で純資産8300億円の会社を買えてしまう。極端な話、経営陣がMBO後直ちに会社を清算すれば、1000億円が“もうかる”構図なのだ。

 MBOにより非公開化された企業は、市場の短期的な圧力や、投機ベースの空売りといった企業価値がゆがむリスクから解放され、長期的な戦略に集中することが可能になる。経営立て直しの効率や、経営陣の意思決定スピードも向上する。

 また、PBRの低い状態が維持されると、会社を解体して保有資産を直ちにバラ売りし、転売益を確保することをもくろむファンドのような市場参加者やライバル企業などによる敵対的買収リスクも上がってしまう。

 このとき、創業家がPBRが1倍未満である場合に、企業価値の向上や効率的な資産の再配分を図るためにMBOを行うことは、経済全体の効率性を高めるという意味で正当化されることがあるのだ。

 その一方で、否定的な立場からは、こうした行動は市場の信頼を損なう可能性があると指摘される。PBRが1倍を下回るということは「経営陣が自社の保有資産を有効に活用しきれていない」と市場から評価されていることを意味する。つまり、資産よりも企業価値が小さい状況を招いた経営陣張本人が、自社の株式を本質的な価値よりも安く買い戻せる点で批判が生じているのだ。

 また、こうした行為は、さまざまな自社情報にアクセスできる経営陣と市場の間に発生する情報の非対称性を悪用し、不公平な利益を得るようなリスクもある。結局のところ、MBOによる企業の買収と解散は、市場原理と企業統治の観点から多角的に評価されるべきだろう。

 市場の効率性と企業の責任の間でバランスを取る必要があり、透明性と公正さを保つための適切な規制と監督が不可欠だ。MBOによって非上場化されると、株式市場での価格決定メカニズムが失われ、少数株主の利益が損なわれる可能性があるため、このような動きは証券市場における透明性や公平性の観点からも重要である。

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