マーケティング・シンカ論

ガンダムは「複雑で初心者に不向き」なのに、なぜ新規ファンが増え続けるのかグッドパッチとUXの話をしようか(2/3 ページ)

» 2024年01月26日 08時30分 公開

「正義」と「悪」が決まっていないからこそ、共感ポイントが増える

 1979年に『機動戦士ガンダム』が放映された当初、ロボットアニメのほとんどは子ども向けのものであり、ストーリーの構造も単純なものでした。ところが、ガンダムはストーリーや世界観が複雑であり、登場人物の人間ドラマも深く描かれています。さらに、「正義」が複数存在するのも大きな特徴でした。

 物語に主人公がいる場合、主人公と反対の意見を持ち戦う相手は「敵」「悪役」といった立ち位置になることが一般的です。ガンダムシリーズにおいては、基本的に対立している勢力が「悪い」とは限りません。対立組織には彼らの守るべきものや正義があり、その思いにぶつかった主人公が心を痛め成長していく姿も描かれます。

 例えば、今回最新作が映画化された『ガンダムSEED』では、遺伝子操作が前提の世界が設定としてあり、人類は遺伝子操作により生まれた「コーディネーター」と呼ばれる人々と、遺伝子操作されず自然交配によって生まれた「ナチュラル」という人々が存在します。

 この2タイプの人類における戦争が大きなテーマではあるのですが、話はそんな簡単なものではありません。中立の立場を取る組織もいれば、自軍の考え方に納得がいかず独立した組織が複数あったり、登場人物はその組織間を行ったり来たりします。

劇場版『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』の勢力図 (C)創通・サンライズ

 多くの場合、視聴者は主人公の思いに共感し、その作品のファンになっていくという流れが一般的かと思います。そのため、もし視聴者が主人公に共感できない場合、主人公の思いが強ければ強いほど、自身との距離感から作品に愛着を持ちにくくなるでしょう。しかし、ガンダムシリーズは敵対組織の思いも丁寧に描いています。彼らも思いが強く、共感できる要素があることから、敵対組織にいるキャラクターのファンが多いことも特徴的です。

 誰のどの思いに共感するかは千差万別ではあるものの、主人公側とその敵対組織どちらに対しても、それぞれの心情が深く描かれるので、多くの人が共感しやすい構造になっているといえるでしょう。さらにガンダムの場合は、敵対組織の幹部が「未熟な主人公を成長させる『大人』」として、魅力的に描かれている作品も少なくありません。

 こうした「味方 VS. 敵」という単純な構造ではない設定は、近年のアニメ作品でも共通しています。例えば、ワンピースや名探偵コナン、鬼滅の刃でも敵対するキャラクターの心情が深く描かれ、それぞれの正義を貫く姿やそこに至った背景に深く共感し、敵役となるはずのキャラクターのファンが増える傾向が強くなっています。もはや、幅広いファン層を獲得する一つの手法ともいえるのではないでしょうか。

ストーリーの複雑さを緩和する「配色」と「直感的な魅力」

 さて、ガンダムシリーズでは多くのキャラクターが登場し、その立場はさまざまであるものの、どのキャラクターたちが敵対しているのかは分かりやすくなっています。キャラクターやモビルスーツに使われる色に法則があり、主人公の所属する組織は白や青、敵対する組織は赤が使われているからです。

 この色彩設計は初代の「機動戦士ガンダム」から継続されており、特に味方のガンダムについては、白をベースとした「赤」「青」「黄」がお約束となっており、このカラーリングが「ガンダムらしさ」を支えています。

 また、「未熟な主人公が戦争を通じて精神的に成長していく」「青と白のガンダムと敵対する赤いマシン」といったテーマやモチーフが反復して使われることにより、複雑性が緩和され、視聴者が直感的にキャラクターの立ち位置を理解しやすくなっています。

 その他にも、ビームの輝きや刃のようなエネルギーの表現によって戦闘の緊迫感やスリリングな要素を強調していたり、特定の瞬間やシーンでシンボリックなカメラアングルを用いることで、物語の重要な瞬間を強調するなどの視覚的な分かりやすさも特徴のひとつです。

 こういった視覚的な分かりやすさが、「正解」を考えさせられる複雑なストーリーや設定と絶妙なバランスを保ち、作品の魅力につながっていると考えられます。

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