人的資本開示に関する情報はあふれているが、その多くは、ルールや基本の「型」を示すにとどまっている。「とりあえず、型通りに開示しておこう」という姿勢では投資家からの期待は得られない。前編記事で解説した通り、投資家に響く人的資本開示をするためには、「一貫性」と「実効性」の2つのポイントを意識することが重要だ。
しかし、そうしたポイントを踏まえた開示は、どのように実現させれば良いのだろうか。後編となる本記事では、人的資本開示の好事例をピックアップし、一貫性と実効性の観点からポイントを解説する。
統合報告書やヒューマンキャピタルレポートなどにおける人的資本開示はいわば「自由演技」であるため、正解は存在しないが、押さえておくべきポイントはある。
企業が人的資本開示をする大きな目的は「未来の稼ぐ力」を投資家に伝え、期待を集めることだ。「人的資本開示の『ポエム化』は危険 投資家に本当に“響く”情報とは」でもお伝えした通り、投資家側からすると「歴史と技術を大切に」「お客さまとの出会いに恵まれ」などの情に訴えるような「湿ったナラティブ」ではなく、合理的で納得できる「乾いたストーリー」を求めている。この乾いたストーリーをつくるために意識したいのが、「一貫性」と「実効性」だ。
投資家は開示された人的資本情報を見て「本当に未来の価値につながるのか?」と疑問に思うだろう。投資家の共感を得るためには、一貫性を意識して人的資本開示をしなければならない。
大前提として、企業は「社会の公器として何を実現するのか?」ということを明らかにする必要がある。それを実現するために、企業が優先して取り組むべき重要課題を「マテリアリティー」と呼ぶ。
人的資本経営に関する議論では「人材版伊藤レポート」でも提言されているように「経営戦略と人材戦略の連動が大事だ」と言われる。具体的には「マテリアリティーに対応するこの事業を推進するためにはこういう人材が必要だから、このような採用計画や育成計画、人事制度や職場風土が必要だ」というように、採用・育成・制度・風土などが一貫して設計されている状態である。
要するに、型通りに指標を開示して終わりではなく、自社の人的資本がいかにして未来の価値向上につながっていくのかを、一貫性をもって伝えることが重要だ。
投資家は企業価値向上を実現するためのストーリーを見て「本当に実現できるのか?」という疑問を持つ。投資家の信頼を得るためには、実効性を意識して人的資本開示をしなければいけない。
実効性とは「その目標を本当に実現できるのか」ということを示す度合いのことだ。実効性を高めるためには経営の推進力が不可欠であり、「経営がどのくらいの本気度で人的資本に向き合っているのか」というコミットメントが重要になる。
もちろん、経営のコミットメントだけで実効性を担保することはできない。目標達成に向かって実際に戦略を実行するのは現場であり、経営が描いた戦略を実行できるかどうかは現場にかかっている。それゆえ、実効性を伝えるためには、エンゲージメントの向上を図る取り組みやデータを示すことは有効な一手だ。経営のコミットメントと現場のエンゲージメントの両面から実効性の高さを表現できれば、投資家の信頼を集めることができるだろう。
世の中で評価されているレポートのうち、優れている事例をピックアップした。一貫性と実効性という観点から各事例を解説していこう。
Human Capital Reportにおいて、人材ポートフォリオをしっかり構築しており(p.37)、「個人」と「組織」の2軸をリンクさせる方針が、ビジネスと一貫している。エンゲージメントを明確なKPIにしている点をはじめ(p.34)、採用・育成・制度・風土などの価値向上観点が一貫して語られている。
また、統合報告書と同様のステークホルダー分類で(p.18)、人的資本経営を通して提供する価値が整理されており、人材と文化の合わせ技でストーリーが組まれていることで「未来に稼ぐ力強さ」を感じさせるものになっている。
「順調なサクセッション」を明快に開示している点に特徴がある(統合レポートp.30、サクセッションマネジメントはp.113)。2022年には個人名を出しこれまでの具体的なサクセッションに触れ、また23年にも同様に海外役員の拡充やチーフオフィサーへの任命などに関する記述があり、経営のサステナビリティが強く表現されている。
役員報酬の非財務指標においては、エンゲージメントを皮切りにサステナビリティにかかる指標を明示し(統合レポートp.115)、非財務における明快なコミットに言及している。実効性評価にも一定のページを割いて説明がされており(統合レポートp.110)、自浄作用が働くカルチャーがあることが伺える。
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