大阪王将「ナメクジ」事件、告発者はなぜ逮捕されるのか? 内部通報“後進国”ニッポンを考える(1/2 ページ)

» 2024年02月22日 12時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

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 2022年7月にSNSで発覚した「大阪王将」仙台中田店の不衛生告発問題からおよそ1年半が経過した2月15日、告発者が威力業務妨害の疑いで逮捕されることとなった。

 本件では、元従業員の男性がX(旧:Twitter)を通じて店内の衛生状態が悪いことを告発したことに端を発する。その内容の趣旨は、店内の厨房にナメクジやゴキブリが発生しているという衝撃的な内容だった。

「大阪王将 仙台中田店」(出典:同店舗の公式Facebook)

 告白した動機は、従業員が直接店長やフランチャイズ経営者に改善を求めたにもかかわらず、問題の解決に向けた積極的な動きが見られなかったことにあるという。内部での報告が実を結ばなかった結果、告発者はSNSで拡散するほか、打つ手がなかったようだ。

 件の投稿は炎上し、後日保健所の調査が行われたが「ナメクジやゴキブリは見つからなかった」という結果となった。同調査は抜き打ちではなく、事前に調査日程が共有された上で行われたこともあり、SNS上では結果の有効性に疑問符がついた。最終的には問題となったフランチャイズ店舗は本体との契約解除の末、閉店を余儀なくされた。

 今回、男性が逮捕された点については「内部告発を萎縮させる」という趣旨で多くの批判の声が上がっている。

 なお、男性はあくまで逮捕されたのみであり、判決が確定するまでは無罪が推定される。そのため、本件の事案についてはさらなる捜査の進捗が待たれる。一般論として、告発に乗じて事実を過度に歪曲(わいきょく)したり、誇張したり、虚偽の事実を混ぜてSNSで発信するような点が見られれば、威力業務妨害として有罪となる可能性はあるだろう。

 ちなみに、SNSでの暴露は法律上の内部告発には該当しないため、正式なルートで内部告発する限りにおいては通常、逮捕され得ないことにも留意しておこう。

 今回は我が国における内部通報制度の課題を踏まえ、告発する側の心構えと、企業側が不正を隠蔽(いんぺい)することの無意味さについて言及したい。

日本は内部通報「後進国」なのか? 米国では告発者に「90億円」の報酬も

 日本における内部告発の法的枠組みと文化は、米国と比較していくつかの重要な違いがある。日本では、06年に施行された公益通報者保護法があるが、この法律は多くの点で他国の制度と比べて効果が限定的であると指摘されている。

 特に、内部告発者への保護の範囲や手続きの要件が厳しく、内部告発が企業文化として受け入れられにくい側面があった。20年6月20日に導入された内部告発者保護法の改正は、告発を行う際の手続きを緩和し、保護の範囲を拡大することを目指している。だが米国のような厳格な罰則や報酬制度には及んでいない。

米国では告発者に報酬を支払うケースも(写真はイメージ、提供:ゲッティイメージズ、以下同)

 米国では、内部告発者保護のための法的枠組みがより発展している。例えば、SEC(証券取引委員会)への内部告発プログラムでは、告発者に対して金銭的報酬が提供されることもある。19年のケースでは8人の告発者に6000万ドル(現在の日本円に換算して約90億円)もの報酬が支払われたこともある。

 リサーチ会社であるGitnuxの内部告発に関する統計(20年)によると、米国における企業の不正行為のうち、全体の21.2%が内部告発によって明らかにされた。18年には約45%の米国企業が少なくとも1件の内部告発関連の報告を受けているといい、米国における内部告発の普及を示している。

 この統計からは、組織内の不正や不法行為を検出するメカニズムとしての、内部告発の重要性を浮き彫りにしている。また内部告発を動機づける方策として、告発者の保護だけでなく、時には経済的なインセンティブを付与していることにも注目したい。こうした制度が結果として企業の行動を正し、社会全体の公益につながる可能性がある。

 例えば先般のビッグモーターの不正で考えよう。同社の不正によって、日本国内における自動車の故障や事故の発生率が上がった。これにより、損害保険会社が設定する自動車保険の保険料が実態よりも高くなった。つまり、ビッグモーターの不正を社会全体の契約者が高い保険料を払う形で尻拭いしていたに等しいのだ。

 こうした社会的損失が長年にわたり放置されるくらいなら、正当な内部告発に関して経済的なメリットを与えることも十分に合理的な選択であるといえるのではないか。

日本では内部通報者が「裏切り者」に?

 日本は終身雇用や長期間の雇用を前提とした雇用慣習がまだ根付いている。集団主義や再就職の難しさなどから内部告発を困難にしている側面もあり得る。内部告発が企業の不正を暴露する重要な手段であるにもかかわらず、内部告発の窓口を信頼できない場合も多い。

 告発者の個人情報が秘匿されていたとしても、告発の内容によって情報を知り得る人間が誰なのか、ある程度特定できるケースもある。情報を保護するだけでは不十分だ。

日本では「裏切者」になりかねないの実情だ

 内部告発者を「裏切り者」と評価するか「英雄」と評価するかという文化的な土壌も、内部告発の成否を左右する要素であるだろう。日本では、02年に内部告発で雪印食品の不正を暴いた西宮冷蔵の水谷洋一氏が告発後、みるみるうちに取引先が減り、苦境に陥った話も有名だ。

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