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社長の移住に1000万円、従業員にも……広島県知事がインパクトある誘致策にこだわる納得理由(1/2 ページ)

» 2024年02月29日 08時00分 公開
[伏見学ITmedia]

 広島県の企業誘致が好調だ。2016年から積極的に取り組みを始め、現在までに150社以上の企業が県内にオフィスを移転、拡充した。とりわけデジタル関連企業の誘致には力を入れていて、狙い通りの効果が見えてきている。

広島県の企業誘致施策をリードしてきた湯﨑英彦県知事(筆者撮影、以下同)

 そこで前編となる本稿では、広島県庁のトップとして一連の施策をリードする湯﨑英彦県知事を単独インタビュー。企業誘致に注力する事情や成功の要因などをひもといた。

社長の移住に最大2億円――インパクトに強くこだわるワケ

――広島県が企業誘致に本腰を入れるようになった経緯を教えてください。

 従来は大きな工場を誘致してくることが一般的でしたが、私が09年に知事に就任したとき、県内の産業団地はまだまだ空きがありました。今はほぼ埋まりつつあります。ただし、もともとの広島県の産業構造を考えると、大きな製造業は既にたくさんありました。加えて、今やアジア各国のメーカーが台頭する中で、なかなか厳しい競争環境に直面しています。

 一方で、例えばSaaSサービスを提供するようなデジタル系企業はまだまだ広島には少なかった。そこで16年から主にそうした企業のオフィス誘致に力を入れ始めました。現在までに150社以上が広島に拠点を開設したのは、一つの成果だといえるでしょう。

 その成功要因として考えているのが、インパクトのある「キャンペーン」です。具体的には、オフィス移転に伴う初期費用として最大1億円を用意しました。また、移住する社員とその家族1人あたりに100万円を、社長自身の移住は最大1000万円を提供します。さらに、20年10月から期間限定で上限2億円まで引き上げ、移住社員および家族への提供額も200万円にしたことで、全国的に注目を集めました。

過去には期間限定で最大2億円の助成金キャンペーンを実施した(出典:広島県)

――こういった派手なキャンペーンや施策を打ち出すのは、行政はあまり得意ではない印象を持つ人が多いと思います。どのような意思決定やスピード感でこれを実現したのでしょうか?

 長らく私は企業経営をしていましたから、その時の経験が大いに生きています。やはりキャンペーンというのは、クリティカルマスに到達するまで資源投入し続けないと効果が出ないのを実感していました。

 実際、この企業誘致キャンペーンにとどまらず、ユニコーンに匹敵する企業を広島から10年間で10社創出するプロジェクト「ひろしまユニコーン10」や、広島全体を実証実験フィールドにする「ひろしまサンドボックス」などにも積極的に投資をしています。あるいは、産業関連以外でも、がん検診の認知度および受診率向上に関するキャンペーンも続けています。とにかく大々的にアピールして、インパクトを与えないとダメです。

 ただ、広島県はずっとそういう施策を得意としていましたから。例えば、「おしい!広島県」(2012年3月から始めた観光プロモーション)とかね。インパクトがなければ誰も記憶にとどめてくれません。

「パイプライン」の考え方を用いる

――キャンペーンの重要性は分かりましたが、企業誘致に関してはカネをばらまくだけでは一時的なものに終わってしまい、その後の定着にはつながらない気もします。助成金以外に工夫されたことはありますか?

 もちろん、“マジックソルト”みたいなものはありません。私たちが行ったのは、営業の「パイプライン」と同様、一連のワークフローを段階ごとに管理することです。まずは間口を大きく広げてオフィス移転を検討する企業に認知させて、関心を持ってもらう。さらに意思決定の段階に近付くにつれてより丁寧なアプローチを心掛けました。

 実際に広島に進出された皆さんに聞くと、何でも相談に乗ってくれたり、いろいろな人をつなげてくれたりしてうれしかったという声が多いです。そうしたきめ細かい対応も成功要因の一つでしょう。

 あとは、ユニコーン10やサンドボックスなどにも重層的に取り組んでいるため、デジタル系の企業やスタートアップなどは、「広島は何だか面白そうだ」とか、「コミュニティーもあるので得られるものが多そうだ」と感じているようです。

湯﨑英彦(ゆざき・ひでひこ)。1965年広島県生まれ。東京大学法学部卒業後、1990年に通商産業省(現経済産業省)に入省。1995年、スタンフォード大学経営学修士を取得。2000年3月に退官し、アッカ・ネットワークスを設立。代表取締役副社長を務める。2008年3月に退任後、2009年11月の広島県知事選挙で初当選。現在4期目。

 もう一つ付け加えると、広島市のような人口100万人以上の都市インフラがある一方で、少し離れたら海や山など自然が豊かな場所もあります。そういう環境を求めている人は結構いて、魅力に感じてもらっています。このような私たちが持っている地域の強みもうまくアピールして、誘致につなげているのです。

――組織やチームとしてうまく機能している面はありますか。

 広島県の企業誘致担当はアクセルを踏み込んでもOKなタイプが多いですね。何よりも私が一番踏み込むから(笑)。キャンペーンなどは思い切りやった方がいいという姿勢で皆が臨んでいるので、進出企業に対しても役人的な対応ではなくて、かなりガッツリと入り込んでいきます。結果的にそれが支援のきめこまやかさにもつながってくると思います。

 組織の中での私の役割の一つは、視座を提供することです。具体的に掲げているのが、「現場主義」「県民視点」「成果主義(成果志向)」の3つです。

 現場主義については、まさに企業誘致の担当者に裁量を持たせて、かなり自由にやってもらっています。県民起点には2つの意味があります。一つは広島県にとって良いこと。もう一つは誘致する企業にとって良いこと。常にこの両面で考えて活動しています。そして成果にもこだわる。

 これは企業誘致のチームだけでなく、全庁的に浸透しているベーシックな考え方です。

知事室に飾られている「3つの視座」
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