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なぜ北海道「人口5000人の町」に23億円の企業版ふるさと納税が集まったのか

» 2024年02月08日 08時00分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

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 北海道十勝地方にある大樹町は東と南が太平洋に面した立地を生かし、40年前からJAXAに通じる国の研究機関と連携しながら、国内有数の宇宙開発の拠点であり続けてきた。

 そんな大樹町が「宇宙版シリコンバレー」構想を打ち出している。2008年の「宇宙基本法」施行以降、民間の宇宙開発が可能になった。これを受けて大樹町は国の実験誘致にとどまらず、民間の宇宙開発企業を誘致している。

 20年からは「北海道スペースポート(HOSPO)」プロジェクトを打ち出し、企業版ふるさと納税を開始。22年度は全国の自治体で2位となる14億685万円を集めた。3年度分の寄付額はのべ23億4855万円に上る。

 なぜ、人口約5000人の大樹町にここまでの寄付金が集まったのか。宇宙産業の誘致で町はどのように生まれ変わったのか。前編記事【北海道大樹町が進める「宇宙」産業への誘致 人口増も実現したまちづくりとは?】に続き、大樹町の黒川豊町長に聞いた。

大樹町の黒川豊町長

税収は数千万円の“爆増” 企業版ふるさと納税も全国2位

――企業誘致をして町に企業が移転してくると、若い人が住む場所を整備する必要も出てくると思います。このあたりの現状はいかがでしょうか。

 大樹町にはインターステラをはじめ、宇宙関連の民間企業が6社拠点を置いています。この中で本社を大樹町に置いているのがインターステラとSPACE COTAN(スペースコタン)の2社ですが、インターステラは町外から移住する方が多いため、企業として社宅を保有しています。この2社以外はサテライトオフィスの設置にとどまり、従業員を常駐させているわけではありません。必要に応じて町内のビジネスホテルを利用している状況です。

――誘致を続けた結果、税収面などの影響はいかがでしょうか。

 まず源泉徴収税が上がりましたし、住民税、固定資産税、そして法人税が上がりました。税収は合計数千万単位で上がっています。大樹町は人口5350人しかいない町ですから、この税収額の上昇は非常に大きいものになっています。

 税収だけでなく、サテライトオフィスを構えている企業などのホテル利用も増え、宿泊や食事が増えました。若い人が町に入ってきたことで、小売店や飲食店も新たに入ってきたことも大きいですね。

 ここ10年以内では、北海道の大手ドラッグストアチェーン「サツドラ」が進出してきました。これはもともとの町民の生活においても非常に大きな変化でしたね。コンビニはセイコーマートとセブン-イレブンしかなかったのですが、新たにローソンが進出してきました。スーパーではコープさっぽろも新たにできました。

 店を畳んでしまった商店も少なくないのですが、堀江貴文さんがプロデュースするレストラン「蝦夷マルシェ」が19年にできました。パンチェーンの「小麦の奴隷」など若者が主体となった新たな企業も進出しています。

――大樹町は22年度の企業版ふるさと納税の寄付額が全国2位になりました。これについてはどう見ていますか。

 大樹町とスペースコタンが進める、民間にひらかれた商業宇宙港「北海道スペースポート(HOSPO)」プロジェクトに企業版ふるさと納税が集まり、全国2位になることができました。スペースコタンが各方面で営業を一生懸命やられていたことが大きいと思います。

 「これから宇宙基地が必要になるので、ぜひお願いします」という呼びかけに多くの共感が集まったことも大きいですね。日本国民の広い理解を得て、ご寄付をいただいている点では非常に手応えを感じており、とてもありがたいと思っています。やはり、これからの成長産業である宇宙ビジネスへの期待の大きさを感じています。

企業版ふるさと納税の寄附実績 内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局、内閣府地方創生推進事務局 地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)の令和4年度寄附実績について(概要)より

――黒川町長は「宇宙ビジネスへの期待」ではどのような需要を感じていますか。

 これまで宇宙輸送を国しかやってこなかったところ、民間の動きに需要を感じています。インターステラをはじめ、何社かの民間企業がロケットの開発を進めているのですが、実用化する上ではロケットを実際に打ち上げて実験しなければなりません。

 ここでネックになるのが、民間企業が打ち上げられるロケット射場が国内にないことですね。また、日本で研究開発された衛星を海外で打ち上げることも珍しくありませんでした。国内でせっかく新しい技術によって作った衛星や探査機を、海外でお金を払って打ち上げるとなると、経済安全保障や技術安全保障の面からも問題です。

 国内の最新技術で作ったものを国内で打ち上げることが、2つの安全保障の観点からも一番必要な部分だと思います。こういったところへの需要を各界の企業の皆さんが理解をしていただいて、応援していただいている手応えを感じています。

――ロシアのウクライナ侵攻などの世界情勢の動きが後押しした部分も大きかったのではないかと思います。こうした中、なぜ企業版ふるさと納税という制度を活用する話になったのでしょうか。

 ロケット発射場の整備を公共の財源、町の予算でやるのは非常に厳しいものがあります。企業版ふるさと納税を使ったわれわれの取り組みは20年から始めています。

 控除率が6割から9割に制度改正された時期で、9割控除なら寄付してくれる方も増えるのではないかと思い、20年から始めましたが、そこにコロナ禍が訪れました。最初はなかなか苦労しましたが、スペースコタンが21年4月に誕生し、営業の体制も整ってきたことで、寄付が集まるようになってきた状況です。

――21年度が7億2860万円で、22年度が14億685万円と、倍増に近い伸び方をしています。それだけ宇宙産業への期待が集まっているのだと思います。

 そうですね。ロケットの発射場がこれから必要だということへの理解や、日本が独自で小さな人工衛星を宇宙に運べるシステムが必要だということへの理解が高まっているのだと思っています。

――大樹町はもともとJAXAという政府系機関との40年にわたる付き合いがあり、そして今、民間の宇宙開発という時代の変化の波に上手く乗っていると思います。この民間宇宙開発時代を見据えた取り組みは他にも何かあるのでしょうか。

 今大樹町が進めている北海道スペースポートは、国でも民間でも使いたかったら使っていいですよというオープンさを打ち出しています。ロケットの開発をしているけど発射場がないという課題は世界的なものですから、海外のロケットも大樹町で打ち上げたいというオファーがいま来ています。

 北海道スペースポートのコンセプトとしては開かれた空港のイメージで整備したいと思っているところです。こうした国も民間も打ち上げられる発射場はアジアでは初めてだと思います。海外の宇宙開発需要も見据えた取り組みも今後進めていきたいと考えています。

――インターステラを皮切りに、民間の宇宙開発企業の誘致を始めて10年以上がたっているわけですが、町としての変化をどう見ていますか。

 企業誘致を機に大樹町に若い層が入ってきたことで、新たな風が入ってきています。私自身も刺激に感じています。大通りはシャッター商店街になっていましたが最近は移住者による出店が増えたことで、町の雰囲気も非常に明るくなったと思います。

――一方で、宇宙開発における今後の課題や、大樹町としての課題という面ではどのように捉えていますか。

 町としての課題はやはり人口減少です。人口が少ないからこそ、ロケットの射場として白羽の矢が立った面もあるのですが、ある程度の人口規模を保てるのが一番よいとは考えています。日本全体が人口減社会で、黙っていたらこれからもどんどん減っていきます。

 大樹町に宇宙産業が根付いていくことで、人がもっと増えていってくれればと思います。大樹町では「宇宙版シリコンバレー」をうたっているのですが、宇宙に関連する企業がより集約されて、どんどん人が増えるにぎやかなまち作りができると理想ですね。

――その規模になると、大樹町だけの規模ではなくなりそうです。十勝地域や道内の連携というのはいかがでしょうか。

 だんだんロケットの打ち上げ企業が増えてくれば、観光やホテルへの整備にも広がっていくと思います。そうなると大樹町だけで収まるものではありませんので、十勝地方から全道へと、どんどん広がっていってほしいと思っています。

 道庁もわれわれの取り組みをいろいろ応援してもらっていますが、より広範囲なエリアの取り組みになると道のリーダーシップが必要になってきます。既に大樹町には、釧路市に本社がある釧路製作所や、室蘭工業大のサテライトオフィスがあります。北海道大の研究機関との連携も続いていて、道東や全道をあげた広がりになってほしいと思います。

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