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初音ミク、セガ……札幌市のITコンテンツ企業誘致 市長が明かす「大札新」の狙い

» 2024年02月10日 13時30分 公開

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 札幌市が企業誘致を進めている。2022年度には札幌市内に進出した企業数が28社となり、過去最多を更新した。東京のIT企業やコールセンターが、札幌市での人材確保を狙って進出するケースが多く、企業からの注目が集まっている。

 札幌市の企業誘致戦略は00年度に始まる。市は同年度に、市内に事業所などを新たに設置する進出企業向けの補助金制度を創設。当初はコールセンターの誘致を重点的に始め、今や全国有数のコールセンター集積地となった。

 企業誘致を始めて20年以上たった現在も成長し続けていて、コールセンター・バックオフィス雇用状況を見ると、13年は企業数76社、雇用者数は2万7400人だったものが、22年には100社、4万5600人まで増えている。10年間で雇用者数の伸び率は66.4%に達し、正社員率も13年は10.7%から22年は17.5%と、6.8ポイント上昇した。

東京都内のイベントで企業誘致の「トップ営業」をする札幌市の秋元克広市長(札幌市提供)

 コールセンター誘致のきっかけとなったのは、札幌都市圏の大学数の多さと、北海道の「コストの低さ」だ。大学数は、札幌市内だけでも17大学。札幌市と近隣11市町村の都市圏を指す「さっぽろ連携中枢都市圏」(札幌市、小樽市、岩見沢市、江別市、千歳市、恵庭市、北広島市、石狩市、当別町、新篠津村、南幌町、長沼町)まで広げると26大学にのぼる。

 この大学数の多さによる人材確保のしやすさに対し、オフィス賃料などのビジネスコストは首都圏に比べて低い。このことが、誘致先の企業には魅力的に映るようだ。

アクサ生命やセガも進出 進出企業増のきっかけは震災時のBCP

 進出企業にとっての魅力の一つに、大卒者で地元に残る「女性比率の高さ」がある――そう話すのは、札幌市役所で企業誘致を担当する産業立地・戦略推進課の北舘絢子・立地促進係長だ。

 「札幌市は国内4位の人口を有し、大卒者で地元に残る女性の比率が高いのが特徴です。これが、コールセンター進出の条件に適していました。働く女性の目線で見ても、コールセンターはシフト制で働き方を柔軟に変えられますので、子育てをしながら働きやすい側面でも適しています。札幌は方言の訛りがほとんどない点でも企業から評価されているようです」

 その後、07年から札幌市はIT・コンテンツ関連企業の誘致を本格的に始める。これには、札幌市がソフト産業で先進的な地域である側面も大きい。地元に北海道大という国内有数の研究開発拠点があり、1970年代からIT系の学生ベンチャー企業が育っていた。80年代以降は北大から近い札幌駅北口に集積していて、米シリコンバレーにちなみ「サッポロバレー」とも呼ばれていた。

 この流れから勃興したソフト会社がゲームソフトメーカーのハドソンだ。ハドソンは73年に豊平区平岸でアマチュア無線ショップとして創業。その後、後にハドソン副社長になる中本伸一さんら北大出身者の人材を得ながら、ソフト企業として札幌を代表する上場企業にまで成長した。

 こうした土壌もあり、札幌市は85年に「札幌テクノパーク」を厚別区下野幌に造成している。通常の産業団地とは異なり、情報通信産業やIT産業に特化しているのが特徴だ。地元を中心とした企業が集積するほか、大手IT企業の開発拠点も誘致している。

札幌テクノパーク(札幌市エレクトロニクスセンターのWebサイトより)

 進出企業が増えるきっかけとなったのが、11年3月の東日本大震災だという。北舘係長が説明する。

 「震災により、BCP(事業継続計画)対策やリスク分散の気運が高まり、地方移転の動きが加速しました。特にIT系では首都圏でもITエンジニアの確保が厳しくなってきていて、これも地方移転の動機になっているようです」

 震災後、札幌市が誘致した企業数は高い水準で推移するようになる。11年度に進出した企業数は10社に対し、12年度は18社と1.8倍に。13年度は14社、14年度は16社、15年度は14社と年間15社前後の企業を毎年誘致している 。

 この東日本大震災によるBCPの代表格が、アクサ生命だ。アクサ生命は14年11月にBCP強化のため札幌本社を設立した。東京からの転勤者と現地採用者、外部委託先の要員合わせて約520人が従事。全社の重要業務の50%を処理できる体制を整えている。東京と同時被災しない場所として札幌市を選んだ。

 業務の質を担保した状態で事業の継続性を維持するために「札幌本社」設立までの期間を4つの段階に分け、スキルと経験のある優秀な人材の異動を段階的に実施する配慮もした。

 アクサ生命は道庁前のビルに入居しているものの、現在中央区の中島公園近隣に自社ビルを建造する計画を進めている。その名も「アクサ札幌中島公園プロジェクト」で、環境問題に配慮したグリーン投資の一環でもあるようだ。この新しい札幌本社ビルにはアクサ生命以外のテナントも入る予定で、現時点で世界的なホテル企業「IHGホテルズ&リゾーツ」の1ブランド「インターコンチネンタル ホテルズ&リゾーツ」の誘致が決まっている。ビル自体は25年6月の竣工予定だ。

 「まさしく、誘致した企業がさらに新たな投資を呼び込むという形になります。非常に成功した事例だと思っています」(北舘係長)

アクサ生命はグリーン投資の一環として「アクサ札幌中島公園プロジェクト」を発表。2025年秋に「インターコンチネンタル札幌」も開業予定だ(プレスリリースより)

セガ札幌スタジオが設立

 コロナ禍以降も、札幌市に拠点を設置する企業の勢いが増している。21年度は25社の企業を誘致し、22年度は28社と過去最多を更新した。28社のうち、IT・コンテンツ・バイオ企業向けの補助金を活用した企業は13社。コールセンターや人事、総務などの事業所を新設した企業対象の補助金を利用したのが7社だった。

 全国の大手企業では、ゲームソフト企業のセガが、100%子会社である「セガ札幌スタジオ」を21年12月に設立。本社を札幌市北区に置き、ゲームソフト開発やゲームソフトのデバッグ業務を手掛けている。

 札幌市に設立した理由としてセガ札幌スタジオは「札幌市は約200万人の人口がいる国内有数の都市で、大学や専門学校などの教育機関が数多く置かれており、人材確保の観点から魅力ある環境。就労機会の拡大につながることや、自社グループでUターン、Iターンを希望する従業員への選択肢になることを期待している」と説明している。

 これに対し札幌市の秋元克広市長は「クリエイティブ産業の振興に取り組んでいる札幌市に、ゲーム業界の最前線で活躍される人たちを迎えることができ、大変心強く思っている。CG・プログラミングを学ぶ学生や、ゲームクリエイターに憧れる子どもたちの目標になるべく、連携して業界の発展やまちづくりに取り組んでいきたい」と同社のWebサイトで歓迎の意を示した。

 セガと札幌市とのつながりは、実は自社製品の中にも存在する。セガは、09年から音楽ゲームシリーズ『初音ミク -Project DIVA-』を展開。これはシリーズの国内累計出荷本数が250万本を超えるセガを代表するヒット作だ。そして初音ミクといえば、札幌市中央区に本社を置くソフト企業「クリプトン・フューチャー・メディア」が権利元の、今や札幌市や北海道を代表するキャラクターとなっている。

再開発と連動した企業誘致プロジェクト「大札新」

 そしていま、札幌市が進めている再開発と連動した企業誘致プロジェクトが「大札新(だいさっしん)」だ。北海道新幹線の札幌延伸などの動きから、30年ごろまでに大規模再開発によるオフィスビル建設が次々と進んでいる。そこでオフィス床の供給増を大量に見込んでいるため、ここに新たな企業を誘致する狙いだ。

 このプロジェクトの背景には、都心部の建物老朽化があると北舘係長が説明する。

 「札幌都心部のオフィスは、1972年の冬季札幌オリンピックを契機に建てられたものが多いのが特徴です。札幌冬季五輪から50年が経過し、どれも建て替えや更新の時期を迎えています。いま札幌の都心部で再開発がすごくたくさん起きていて、2030年までの10年間で、新しいオフィス床が30万平米、東京ドーム6個分の増加を見込んでいます」

 そこに、地場企業だけでなく道外の企業を再開発のオフィスビルに誘致していこうとするスローガンが「大札新」というわけだ。

「札幌市企業誘致セミナーどうする札幌―大札新と半導体が札幌を動かす―」の様子

 「大札新」について秋元市長も期待を寄せる。23年12月には市長自ら東京に足を運び「札幌市企業誘致セミナーどうする札幌―大札新と半導体が札幌を動かす―」と題したセミナーを開催。「トップ営業」にも注力している。セミナーの中で秋元市長はこう語った。

 「人口200万人規模の都市で、毎年5メートルもの積雪がある都市は、世界でも札幌だけです。この特徴を生かした、地下街や地下通路といった地下空間と、再開発ビルとのネットワークを生かしたまちづくりをしています。再開発ビルでは、非常用電源設備などを備えたエネルギーセンターを地下に持っており、災害に強いまちづくりを進めています。また、国際ブランドのホテルも複数入居予定で、映画館や水族館といったエンターテインメントは既に完成しております。これからも『大札新』を掲げた企業誘致を進めていきます」 

 加えて市は3年に1度の芸術祭「札幌国際芸術祭2024(SIAF2024)」を24年1月20日から2月25日にかけて開催中だ。札幌国際芸術祭は14年に始まった札幌市が主催する国際芸術祭で、第1回のゲストディレクターは故・坂本龍一氏が務めた。これまで夏から秋にかけて実施していたものの、札幌ならではの特徴を際立たせるべく3回目となる今回は初の冬開催だ。

札幌国際芸術祭2024(SIAF2024)オープニングセレモニーであいさつする秋元市長

 SIAF2024の開催期間中には世界中から200万人以上が訪れる「さっぽろ雪まつり」も開催されている。大通り2丁目会場を活用し「とある未来の雪のまち」をコンセプトに未来の暮らしを考える実証実験を展開しているほか、さっぽろ雪まつりの雪像から生まれたキャラクター「雪ミク」もアーティストの一員として加えるなどクリエイティブ産業との相乗効果も狙う。

 さっぽろ雪まつりでは、毎年アニメやゲームなどのキャラクターの雪像が多く制作されている。特に今年は『ゴールデンカムイ』の雪像に加え、『機動戦士ガンダムSEED』の約20年ぶりの完全新作『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』の劇場公開と合わせた「ライジングフリーダムガンダム雪像」が注目を集めている。

ゆきます IN S@PPORO

 札幌市からはこれまでハドソンや初音ミクなど、さまざまなITコンテンツが誕生してきた。ここに21年にセガが誘致企業として加わり、さらにさっぽろ雪まつりや札幌国際芸術祭を通じて、都市の魅力を訴求しようとしている。

 札幌市は今後もさらなる誘致を進めるため、23年8月に制度を拡充した。IT・コンテンツ・バイオ企業向けでは、補助額の上限を3200万円から1億円に引き上げた。これ以外にも助成の対象を拡大するなど、より幅広い企業を市内へと呼び込む。札幌市の企業誘致戦略が今後どのように広がっていくのか注目だ。

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