街中にある自転車をスマホアプリで予約して借り、系列のポートに返却できるシェアサイクル。2011年にNTTドコモが「次世代自転車のシェアリングシステム」として事業化したのが国内では始まりだ。15年にドコモ・バイクシェア社が設立されたのを皮切りに、さまざまな企業が参入している。
16年11月にはOpenStreet(オープンストリート)社による「HELLO CYCLING(ハローサイクリング)」が参入。7年たった今ではポート数が全国7800カ所あり、ドコモを追い抜き国内1位に輝いている。オープンストリートはソフトバンクのグループ企業でもある。
ハローサイクリングは後発の企業にもかかわらず、例えば自転車の一部にヤマハ発動機の電動アシスト自転車「PAS」を取り入れるなど、独自の施策でシェアを拡大し続けてきた。どのような戦略でシェアを拡大してきたのか。オープンストリートの工藤智彰社長に聞いた。
――いまシェアサイクル業界のシェア争いはどんな状況なのでしょうか。
先行事業者であるドコモ・バイクシェアのシェアをわれわれが数年間で上回っていたところを、電動キックボードのシェア事業で知られる「LUUP」の大攻勢が23年から始まり、主にこの3社でしのぎを削っています。さながら三国志のような様相になっています。
――こういった中、ハローサイクリングはドコモ・バイクシェアから遅れること5年のビハインドがあるにもかかわらず、ポート数では全国7800カ所と、国内最大規模の事業者になりました。
ドコモ・バイクシェアやLUUPが大都市中心部を重点的にサービス展開しているのに対し、われわれはその外周のより広い面を取る形で差別化しています。商業地だけでなく住宅地など、ある程度の人が住んでいるエリアでステーションを高密度に展開できているエリアでは、車体あたりの損益分岐点は超えられています。今後もこういったエリアに展開できると判断しています。
この判断基準の感覚としては、UberEATS(ウーバーイーツ)のサービスエリア内だったら収益化できるぐらいの感覚ですね。ですので、日本全体をカバーできるタイプのサービスではないと思っています。
――都市圏だけでなく、観光地のシェアサイクルの設置も進んでいます。
観光のニーズはコロナ禍が明けたことによって、最近増えてきています。これは現地に住んでいる人をターゲットにした従来の狙いよりは、観光地とその周辺の移動のカバーという別のニーズとして設置を進めています。移動も長距離になりがちですので、観光地などではスポーツタイプの電動アシスト自転車などを置き始めています。
コロナ禍の中で、地元のレンタカーやタクシーの絶対数が減少している地域では、二次交通の充実が課題となっている背景もあります。
ただ、全体のポートフォリオとしては、住宅地までカバーする人口集積エリアの高密度化戦略がメインで、サブが観光地の周遊といった形です。観光地利用はインバウンドも含めて高単価ではあるのですが、そんなに数が出ない特徴があります。
――シェアサイクル事業は先行事業者であるドコモ・バイクシェアが一強だったところを、ハローサイクリングが切り崩していった形です。どのように実現していったのでしょうか。
大きな違いは、ドコモ・バイクシェアは最初、自治体の予算獲得を前提としていたことがあります。その中で、すぐに予算を出せた自治体が、東京都心の自治体でした。このエリアに関しては、いまだにドコモ・バイクシェアのポート数も設置台数も多いですね。この中心部に対して外周の自治体は「いきなり予算化は難しい」というところが多く、ドコモ・バイクシェアは都心の成功事例をもとに周辺自治体の予算化を待っていた状況でした。
これに対して、僕らは「予算は要りません、場所だけ貸してください」といった形で交渉しにいったんです。自転車の設備投資額は都心で大規模に配備する場合は数千万円から1億円くらいかかるのですが、この金額を予算化できるのは確かに大きいです。しかし、それだと持続性がないと思い、先手を打った形になりました。
――助成金だと一過性のものに過ぎませんからね。
後発でそれをやるのは、貰えるかもしれないお金を自ら手放す形になるので少しチャレンジングでした。それでも都心部だと台東区など、自治体が予算を出さずとも連携して一緒にインフラを作るような流れで協働できたので、先に囲い込めた部分があります。
ユーザーの側に立てば、結局は同じシェアサイクルで、自転車を借りて乗る行為には変わらなくて、そこまでの差別化はできません。自転車の質での差別化は意識していますが、それでも大きい違いではないと考えています。
――ハローサイクリングの強みはどこにあるとお考えですか。
僕らの強みはデータの活用だと考えています。ハローサイクリングでは、ユーザーの利用情報をマップデータと重ねて表示し、分析できるようにしています。ソフトバンクグループの企業ですので、ソフトバンクやLINEヤフー、グループ企業で位置情報ビッグデータ事業を手掛けるAgoop(東京都渋谷区)ともデータの連携を取っています。
利用者の3割がヤフーIDとの連携なので、ヤフー上での検索結果から実際にシェアサイクルに乗って、どのように利用しているのかも分析することが可能です。ユーザーが実際にどのような利用をしているのかを自治体に提示できるので、そこが強みですね。
他にも、われわれは1社単体の垂直統合型のビジネスモデルではない点も特徴だと考えています。われわれはあくまでプラットフォームに徹していて、対応機種の中からの自転車の機種の選定や、その設置ポートはパートナー企業と提携する形で運営しています。これによって他社よりも素早い事業規模の拡大ができたと思っています。
――現在では120自治体と協定を締結しています。この提携数も他社の追随を許さないところだと思いますが、なぜここまで拡大できたのでしょうか。
大きいのはデータ活用のところだと思います。自治体側もDXを進めようと独自の調査をしているケースもありますが、データを取れていない自治体もあります。データを取れていても、それを可視化してPDCAを回せている自治体は多くありません。
単純に「シェアサイクルを置きましょう」だけだと、なかなか動かないことが多いです。設置したあとに何が見えるのか、実際の移動データや状況を可視化し、それをまちづくりに生かすことを示す。こうしたデータの可視化はまさに僕らでないとできないことなので、これが導入するきっかけとなったケースが多いですね。
――まさに自治体にとっても導入するメリットがありますね。
そうですね。私自身も専門分野の一つがデータサイエンスというのもあり、データ分析に関しては社内に専門チームを置いて注力しています。
――現在の都内は、ハローサイクリングとドコモ・バイクシェア、そしてLUUPの3社による「三國志」の様相を呈しているとのことでしたが、どうやって差別化をして勝ち抜いていこうと考えていますか。
差別化競争と協調路線という、2つがあると考えていて、両方を今進めています。競争の面では、対LUUPでいくと私たちはより広いエリアで展開できることと、われわれは複数の事業者と連携して、パートナー企業さんが自転車の車体を持つので、車体の投入速度で差別化を図れると考えています。
――LUUPは車体も自社で調達していますね。
LUUPは昨年頭に45億円、年末に36億円の資金調達を発表していました。そのくらいの負荷の高さで車体の調達をしているのだと思います。その点、僕らはパートナー企業さんと私たち合わせての事業群なので、車体調達においても優位に立てると考えています。反面、各社の投資スペースをコントロールしづらい点もありますが、収益が出ればうまく自走していきます。ここはビジネスモデルの違いも大きいと思います。
――ソフトバンクグループであるシナジーを感じる部分はありますか。
自治体との連携面では、ソフトバンクもLINEヤフーも、それぞれ公共性のあるサービスを展開しています。グループとして連携のしやすさもあるので、実際にそれがきっかけで増えてきています。
1月の能登半島地震で被災した石川県珠洲市にも、実は期間限定でシェアサイクルを置いていたことがあります。地震発生時には既に現地になかったのですが、もし現地にあれば、自転車のバッテリーを災害用電源として活用できたかもしれません。実際に一部の自治体とはそういう防災協定を結んでいて、災害時に自転車のバッテリーを活用できる契約をしているケースもあります。
また、グループ企業では、PayPayミニアプリやLINEミニアプリとの連携があります。PayPayミニアプリとの連携は22年7月にスタートしており、外部からの流入動線としては最多です。最近ではインバウンド需要への対応としてAlipayミニアプリも開始しました。「HELLO CYCLING」アプリのダウンロードと会員登録や決済手段登録の必要がなく、自転車の予約から返却、決済までをAlipayアプリ1つで完結することができるため、海外の方の利用増も期待しています。
編集部より:工藤社長へのインタビュー2回目は4月17日午前8時、3回目は4月18日午前8時に公開します! お見逃しなく!
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