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シェアサイクル「HELLO CYCLING」が急成長 ドコモから業界1位を勝ち取った舞台裏

» 2024年04月17日 08時00分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

 市中にある自転車を借り、短時間の利用から系列のポートに返却できるシェアサイクル。2011年にNTTドコモと横浜市が共同で「baybike」というサービスを開始後、15年に「ドコモ・バイクシェア」として事業会社化したのが国内では始まりで、その後さまざまな企業が参入している。

2016年11月に参入した「HELLO CYCLING(ハローサイクリング)」(以下、社長の写真以外はOpenStreet提供)

 16年11月に「HELLO CYCLING(ハローサイクリング)」が参入。先行事業者だったドコモ・バイクシェアを猛追し、7年間で全国120自治体に7800カ所のポートを設置した。大都市中心部を重点的に展開するドコモ・バイクシェアと対照的な戦略により、ポート数では国内1位に輝いている。

 なぜ、短期間でここまでの広域に展開できたのか。いかにしてシェアを拡大し続けてきたのか――。そこにはプラットフォーマーに徹し、積極的な協業型戦略を採るハローサイクリング独自のビジネスモデルがあった。前編に引き続き、ハローサイクリングの運営会社オープンストリートの工藤智彰社長に聞いた。

工藤智彰(くどう・ともあき)OpenStreet社長CEO。2008年ソフトバンクに入社。人事部門にて、ソフトバンクアカデミアの企画・運営や、ソフトバンクイノベンチャーで新規事業開発・会社設立推進を担当。16年にイノベンチャー制度で設立したOpenstreetへ経営企画として参画。21年10月に社長就任。また、国土交通省シェアサイクル在り方検討委員会の委員や一般社団法人シェアサイクル協会の副会長も務める

ドコモバイクシェアとの差別化は?

――16年11月の創業から7年以上がたちます。売り上げ面はどう推移していますか。

 毎年、過去最高を更新し続けています。コロナ禍の期間中も伸び続けていたので、シェアサイクルはコロナの影響を受けにくい事業だとずっと言っていました。ですが、やはり影響を受けていたことが判明してきました。コロナが明けてからはさらに伸びが加速しており、やはりコロナの影響によって抑えられていた面はあったのだと思います。人の移動の総量が戻った今では、それに引っ張られる形でシェアサイクルもぐっと伸びています。

――収益化は進んでいますか。

 エリア単位ではプラスの地域が増えています。特に首都圏は全体的にプラスで、新規のパートナー企業さんが車体を投入しても、初月から損益分岐点を超えるケースが多々あります。新規エリアを開拓するような場合は、その地域の新規ユーザーの定着の問題や、シェアサイクルを使う生活スタイルが根付くまでの利用促進面で時間がかかりますが、首都圏ではシェアサイクルを使う生活様式が定着しています。首都圏では車体の数を増やしたくても供給が追い付いていないほど、需要が伸びています。

――伸び率など数値面ではいかがでしょうか。

 毎年、昨年対比で150〜200%の成長率をたたき出しています。23年度は過去最高の伸び率を達成しました。

――ハローサイクリングは120自治体と連携し、7800カ所のポート数といったエリアの広さが強みです。交通面における課題はいかがでしょうか。

 シェアサイクルは鉄道などの駅から、目的地まで行くための交通手段を指す「二次交通」に課題や今後の事業展開可能性を感じている会社が主に参入しています。現在多くの企業が参入していますが、システムやハードウェアをゼロから投資しようとすると大変な事業でもあります。ユーザーもゼロから集めるのは大変なので、仕組みもユーザーも既にいるプラットフォームが重要になってきます。

 その点ハローサイクリングでは、われわれが運営するユーザーが310万人いるプラットフォームに、各自治体や事業者が自分たちの地場で参入できる形です。カーディーラーから鉄道会社、観光協会や不動産会社などさまざまな会社がシェアサイクルのパートナーとして参入しています。

――自転車やポートはハローサイクリングの所有ではなく、パートナーが所有している形なんですね。

 そうです。例えば神奈川県の江ノ島電鉄は「SHONAN PEDAL(湘南ペダル)」というサービス名で湘南の二次交通として展開を進めています。鎌倉市や藤沢市内など、湘南地域は休日の慢性的な渋滞が課題で、バス路線もこれ以上広げられない状況にあります。これを補完できる移動手段としてシェアサイクルに注目が集まっています。こうした中、江ノ島電鉄は、自社運営する交通機関のみならず、地域の交通課題を取り組むべきテーマとして、ハローサイクリングのプラットフォームを通じ直接シェアサイクル事業を展開しています。

江ノ島電鉄が運営する「SHONAN PEDAL(湘南ペダル)」

 同様に交通系企業だと、関西の南海電鉄や茨城県の関東鉄道、東京の東急バスなども直接シェアサイクル事業に乗り出しています。ただ、各社がゼロからレンタサイクルをやり出すと大変なので、われわれハローサイクリングの仕組みを活用することで、既存ユーザーとポート数を共有できる形になっています。

――まさに柔軟な協業体制がハローサイクリングの強みです。一方でシェアサイクルはまだどこにでもある乗りものではなく、どこにポートがあるのかを調べて利用する状況です。どこまで増えるとユーザーの利便性が飛躍的に上がるのでしょうか。

 首都圏や名古屋、大阪といった広域な人口集積地では、大体250メートル四方に1カ所設置できている状態が目安です。ちょっと歩いたら必ずポートがある状態がそうですね。ここまでのポート数になると、意図的に探さなければ見つからない状態から、ちょっと歩いたらハローサイクリングの看板が立っていて自転車もあって乗れる、一つの理想的な状態にたどり着けると考えています。

 実は、局地的にはそういう場所が国内に何カ所かは出来上がっています。例えば埼玉県朝霞市がそうです。一自治体では日本一かもしれない密度で設置が進んでいて、少し歩くだけでポートが必ずあるような状況です。

――なぜ朝霞市にここまでのポート数があるのでしょうか。

 朝霞市は市の公共交通計画にシェアサイクルを組み込んでいます。行政の交通計画に公的にシェアサイクルを取り入れている例はまだ少ないのですが、朝霞市はその例外ですね。朝霞市では公用車を削減し始めていて、介護系や巡回系の車をあまり必要としない部署では、市内の移動を自転車に切り替え始めています。他にも大都市近郊のような人口集積エリアであれば、こういった環境を同様に作り出せると考えています。

――市のトップレベルで協定を結んでいるということですね。

 そうですね。他にも千葉市やさいたま市など、自治体と市内の民間事業者との連携がうまくいっていて、お互いに役割分担できている地域もあります。われわれはプラットフォーマーとして、投資をしてユーザーを集め、アプリなどIT周りを強くしていくのが主な役割になります。

 これに対して自治体さんは、地域内でポートの設置などの交渉を進めていただいています。例えば道路にポートを設置する際には、さまざまな手続きがあります。自治体によっては、道路に置けない地域もあります。道路上以外では、公園に置いたり公共施設に置いたりすることも多いのですが、それぞれのステークホルダーの説得がかなり大変です。

 こういった交渉を、特に朝霞市では強い意志を持って「地域の足としてやるんだ」という形でやり切っていただきました。このように自治体側がぐっとリードしていただくと、地域の民間事業者もついて行きやすい側面もあります。例えば地域にあるコンビニにポートを設置しようとする場合、基本的にはコンビニチェーンの本社経由で設置してもらう形になります。ところが自治体側で力を入れていると、地場のフランチャイズのオーナーから「うちの店に置けないのか」と市役所に連絡が入ったりするんですね。そういう状態まで来ると、開拓ではなく、設置できるのかできないかという問い合わせ対応になっていきます。

シナネンモビリティPLUSが運営する「ダイチャリ」

――軌道に乗ると営業しなくてもよくなるのは大きいですよね。近年はコンビニにポートを設置するケースも増えています。

 コンビニの立地は理想ですね。私たちも実は大きく躍進できたきっかけはコンビニとのアライアンスでした。コンビニとの協業体制は大手3社横断で進めています。もちろん、コンビニチェーンは弊社とだけの提携ではなく、地域ごとでドコモ・バイクシェアやLUUPと連携している場合もありますが、ハローサイクリングのみが展開している郊外住宅地などは、大手3社すべてがハローサイクリングとなっているエリアもあります。

 以前この取り組みで話題になったのですが、セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソンの大手3社が集まる会合は、とても珍しいそうです。シェアサイクルが一店舗のサービスとして完結するのであれば3社集まる必要はないのですが、シェアサイクルはその地域全体でのネットワークが特徴なので、やるなら3社一斉でやるべきなんですよね。

 このような形で、コンビニへのポート設置も現在、全国的に進めています。緻密に分析をして出店戦略を検討するコンビニは住宅地側の設置場所としては理想的な立地が多いです。これに対し、駅前は自治体に貸してもらう形が多いです。この2つを組み合わせることで、面的な利用エリアが出来上がります。

――コンビニにポートを設置することで、コンビニ側にも利益を生み出しますよね。

 そうです。一部地域ではポート返却時にドリンク1本が無料になるクーポンが出る施策を実施したのですが、これはコンビニ側にも喜ばれました。利用者の平均単価を取ってみたら、通常の客よりも少し多く、コンビニにポートを設置することで利用促進にもつながるデータが得られたのです。

 これはコンビニに限らず、ポートを置くことで設置店舗にも立ち寄るきっかけ作りにもなりますので、こうした相乗効果もあると思います。

――朝霞市のような、ある種の理想的な状態を首都圏全域に広げると、どういった規模感になるのでしょうか。

 首都圏だけで大体2万ポート、自転車10万台ぐらいがその状態にあたると試算しています。都市部だけでなく、観光地まで含めた全国でいけば、恐らく5万ポート、30万台ぐらいまでいくと、一つの転換点になると思います。

――シェアサイクルは大都市に設置することが多いのですが、公共交通が充実していない地域の移動手段としても注目が集まっています。その場合の収益面はどうなのでしょうか。

 都市部の大部分は、ある程度すぐに収益が出てきます。一方でご指摘の通り、収益面では期待値が低いものの、移動の課題があるエリアもあります。こういったエリアに関しては、単体で黒字にすることは難しいかもしれませんが、都市部など収益がしっかりと出せるエリアがどんどん出来上がってくることで、移動課題が強いエリアもカバーできるようになっていくと考えています。

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