日立製作所は4月1日、国内ITプロダクツ事業部門を分社化し、日立ヴァンタラを設立した。デジタル化が急ピッチで進む現状を見据えた施策だ。数年にわたり研究開発をしてきたデータ蓄積・活用の技術を生かし、国内に加えて海外での事業拡大を目指す。
生成AIの登場により、データを効率よく蓄積して利用しようとする企業の需要が爆発的に増えている。そのニーズをいかにして取り込もうとしているのか。日立ヴァンタラの社長に就任したばかりの島田朗伸氏に聞いた。
日立は2016年から、DXを軸に顧客データから新事業など価値創出をする「Lumada」(ルマーダ)を中核事業に据え、改革を進めている。ルマーダと日立ヴァンタラとの関連について島田社長は「この改革は、結局データが大元になっています。われわれはデータを蓄えて管理し、簡単に使えるようにする技術を持っているので、このサービスをしっかりと提供します。そうすることで日立全体のルマーダのビジネスに貢献していきます」と話す。日立ヴァンタラは日立全体のルマーダ事業でも、重要な役割を担っているのだ。
今回設立された日立ヴァンタラと、米シリコンバレーに本社を置くストレージを中心としたデータインフラストラクチャやクラウド、IoTサービスを展開してきたHitachi Vantara LLC(以下Hitachi Vantara)との役割分担については、Hitachi Vantaraが全体のデジタルインフラストラクチャ業務の執行責任を担い、ストレージ大手の米NetApp(ネットアップ)など、長年ストレージの分野でキャリアを築いてきたシーラ・ローラCEOが同社を率いる。
一方の日本法人である日立ヴァンタラは日本マーケットを担当する形だ。この2つの会社は法人として分かれているものの、島田社長はHitachi Vantaraの会長も兼務していて、実質的には一つの会社として運営していく。
デジタル化が世界のあらゆる分野で進行し、生成AIの利用が加速度的に進んでいるため、使われるデータの量は飛躍的に増大している。この膨大なデータをいかに効率良く利用できるかが、企業の存亡に関わってくるだけに、日立ヴァンタラは適切なソリューションを提供する事業に大きな商機があるとみているようだ。
海外の売り上げでも意欲的な目標を掲げている。Hitachi Vantaraと、Hitachi Vantaraのデジタルソリューション事業を分社化した「Hitachi Digital Services」、21年に日立傘下になった米シリコンバレーのデジタルソリューション企業「GlobalLogic」の3社が連携し、海外ITサービス事業で「年間売り上げ1兆円」を目指す。「OT(Operational Technology)×IT×プロダクト」を「One Hitachi」で展開する事業体制の下、この目標に向かい突き進もうとしている。
売り上げ拡大の鍵となるのが、ハイブリットクラウドストレージだ。これまで多くの企業は自前のデータセンターを持ち、機密性の高いデータを取り扱う場合、その企業の外にはデータを出さないインハウス(オンプレミス)の形でデータを管理していた。一方、そうでない膨大なデータの管理はAmazon Web Services(AWS)などパブリッククラウドを使って処理するケースが多く、別々に使い分けて処理してきたのだ。
日立ヴァンタラは4月以降、この両方のデータをまとめて一元管理できる画期的な技術を開発し、世に送り出そうとしている。そのハイブリッドクラウドの製品名は「VSP One」(Hitachi Virtual Storage Platform One)と命名した。グローバルでの販売も予定している。VSPの名称は、これまでも日立のデータ管理システムのブランドとして使ってきた。一つのクラウド上で、ハイブリッドで動くようになったことからVSP Oneと名付けたという。この製品に、島田社長は自信を見せる。
「3、4年かけて研究開発してきたプロダクトが、ようやく実用化できました。企業がこれまでオンプレミスで独自管理をしてきた(絶対にダウンしては困る)ミッションクリティカルなデータと、一方でもっと柔軟に使いたいパブリックなデータを含めて、一つのシステムで一元管理できるメリットがあります。これを企業のデータセンターレベルで実現できるのは、世界で日立だけなのです。
これは相当難しい技術で、国内外で複数の企業でテストをしてもらっていましたが、ようやく4月以降に全世界でサービスを開始します。これからの事業成長のコアになると思いますし、大きなビジネスチャンスになります」
島田社長は、VSP Oneという共通のブランドのもとで、日立ヴァンタラとHitachi Vantaraによる一体的なグローバルサービスを提供する長所を力説する。
「日本企業が海外に進出した場合には、国内と同じシステムで商品を提供できます。逆に海外企業が日本に進出した場合にも、海外と共通の製品を提供できる強みがあるのです。開発、製造、販売のサービスを一体化してバリューチェーンで提供できることによって、世界中の顧客からの声を聞き、より新しい市場に沿ったサービスも提供できます」
日立の推計によると、ハイブリットクラウドの市場規模は22年に900億ドル、27年に2060億ドル、32年に4750億ドルと、この10年で5倍以上に拡大するという。
このハイブリッド技術は、生成AIを活用する上でも役立ちそうだ。島田社長は有用性を強調する。
「生成AIはその企業独自の成功、失敗事例などのデータを学習します。一方で、最新のパブリックのデータも取り込んで学習していかなければなりません。その際にこのハイブリッドのデータ管理システムを使えば、より精度の高い結果を得られるのです」
いま日立グループ全体として生成AIの基盤を作ろうとしていて、その中でも日立ヴァンタラのデータ処理技術が使われようとしている。
顧客は全業種をターゲットとし、主になるのは金融、インフラ系の企業だという。最近では映像配信を手掛けるエンターテインメント企業やメディアも対象になってきている。大手企業が中心となる一方、IT化を進めようとしている中堅企業にも売り込みたい構えだ。トータルで日立のストレージソリューションを伸ばしていきたいと話す。
「大企業は一部の部門で日立の製品を使っていても、他部署では使ってもらっていないケースもあります。そういうところにも積極的に新しい切り口で売り込みたいと考えています」
日立ヴァンタラの従業員は日本だけで約1300人で、半数以上が技術者だ。4月からは新たに営業部隊も組織したという。同社製品の販売方法としては2つある。日立本社の営業社員が、販売する製品に組み込む形の販売もあれば、ヴァンタラ独自の営業ルートによってグローバルのパートナーや顧客に直接販売する場合もあるという。これにより国内の販路をより拡大できる見通しだ。
日立ヴァンタラの賃金体系については「人材も、よりインターナショナルになることもあり、給与体系はこれまでよりも成果に応じて適切な対価を支払うようシフトしていくことになります。新入社員には、日立ヴァンタラを選んだことが間違いではなかったと5年後に証明したい」と語り、賃金体系の修正もあることを明らかにした。日立の小島啓二社長兼CEOからは「日立の給与を超えてみろ」と発破をかけられているという。
島田社長は、特に製品の省電力という長所も強調する。
「二酸化炭素(CO2)排出の問題もあり、省電力化はビジネス上の死活問題になっています。ストレージの分野で省電力は当社の強みです。過去には、新しい製品を出す度に進化し、3〜4割を削減できています。VSP Oneでも、データの圧縮技術により、さらに3〜4割は電力消費を減らせると考えています」
省エネ効果を向上させた圧縮技術は、日立ヴァンタラが得意とする分野だ。日立によると、独自のハードによってストレージ製品におけるデータ容量の圧縮を実現。年間の電力消費量を約60%削減し、CO2排出量を年間で約100トンを減らせたという。こうした成果により23年、民間の省エネストレージの認証機関であるエナジースターから、ミッドレンジストレージ分野で、ナンバーワンの認定を獲得した。
「海外の顧客がGPU(画像処理装置)サーバを多く使うようになり、電力を多く使用しています。このため今は商談で製品を購入する際に『電源設備はもう満杯で増やせない』という理由で、使用するシステムの電力消費量がネックになるケースが実際に出てきています。電力だけ落とすことはできても、データ処理のパフォーマンスを落とさずに電力消費を減らす点がより重要です。当社は省電力を売りにしているので、電力消費を気にしている顧客に訴求力があります」
日立は、データセンターなどに設置され厳しい安全基準を満たす企業・官公庁向けデータ記憶装置製品に、再生プラスチックを採用し製造している。これは帝人の協力によるプロジェクトで、環境への負荷を減らす取り組みだ。島田社長によれば「このクラスの製品では業界初」だという。
23年版の情報通信白書によると、世界のパブリッククラウド市場は、21年に約45兆円の巨大市場に成長していて、今後も毎年、十数パーセント以上の伸びが見込まれている。それだけに、この魅力的な市場を狙っている企業は多い。だが現状ではAWS、Microsoft(マイクロソフト)のAzureが断トツに強い状況だ。
日本における同市場も、22年には2兆1500億円と順調に伸びている。だがここでもAWS、Azureのシェアの大きさが際立つ。
日立は、ハイブリットクラウドと低消費電力プロダクトを武器にして、新たな商機を見いだした。生成AIの普及は追い風だろう。国内と海外で一元的にデータを管理できる日立独自のシステムによって、AWSやマイクロソフトとパートナーシップを組みながら、さらなる事業成長を目指す。
特に生成AIの技術革新は非常に速く、そのスピードに追い付くことは容易ではない。日立は、最も重要なデータを蓄積・活用する独自の技術を強みとして、世界に勝負を挑む。
島田社長に、経営者としてのモットーを聞くと「自分の意見を率直に話すようにしています。反論すべきことに対しては反論してきました。そうすることによって、パートナーや顧客から信頼を得てこられたと思っています」とキャリアを振り返った。
巨大組織・日立の変革の途上で、新組織を率いる島田社長がどこまで成果を挙げられるか。期待を持って見守りたい。
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