しかし、私自身がこれまで100社以上の現場を見てきた中で、AI導入やDX推進には大きな壁があると感じています。それは「導入と定着の壁」です。
技術者たちが尽力して良いシステムを構築したとしても、現場に定着しなければ意味がありません。また構築したシステムを実際に使用してもらい、定着させるためには「現場にとって本当に良いシステム」であることが必要です。そのためには、現場の声を聞き、システムに反映する必要があります。
AI活用の成功というとシステムの中身に目が行ってしまいがちですが、実はこの「導入と定着の壁」を越えることこそが重要なのです。
それではこの壁はどうしたら越えることができるのでしょうか。リンガーハットが500店舗近い直営店に需要予測AIを導入した事例をもとに、ポイントを紹介します。
リンガーハットは、かねてよりAIを活用したシステムで、店舗の売り上げ予測を行っていました。ところがコロナ禍の外出自粛要請で客足がイレギュラーに減ったことで、既存システムの予測精度が著しく低下してしまいました。
これを受け、パロアルトインサイトと共同で「緊急事態対応型需要予測モデル」を開発しました。このシステムは、地域ごとの情報やイベント、天候などの詳細なデータを基に消費者の需要を予測します。
緊急事態宣言期間など、通常時と異なる環境に置かれた場合には、より直近のデータを需要予測に反映する「緊急事態対応モード」へシステムを切り替えることで、いちはやく市場変化に対応できるようにしました。
さらに、このモデルをベースとした「自動発注アプリ」と「店舗シフト管理アプリ」も同時に開発し、毎月10数時間を要していたシフト作成業務が、数時間で終わるようになりました。作業の効率化により、人手不足の解消も見据えています。
特筆すべきは、これらのシステムを10カ月という短期間で、全国の直営492店舗へ導入できたことです(2024年2月29日時点)。
スピード感をもって導入できた背景には、外部から招致したコンサルタントなどではなく、リンガーハット社内の人材をAIシステムの導入・運用担当にアサインした点があげられます。
導入にあたっては、全国各地の店舗を訪問して説明会や意見交換セッションなど、現場とコミュニケーションを取りました。これにより、トップからの指示ではなく、現場との相互理解を深めながら「導入の壁」を乗り越えられました。
また、社内のイントラネット上に専用の掲示板を構築し、従業員が直面する課題や改善提案などのフィードバックをリアルタイムで書き込み共有できるようにしました。これにより、実際の運用中に発生する問題に迅速に対応できる体制が構築され、「定着の壁」を乗り越えられました。
リンガーハットのAI導入事例からは、単にテクノロジーを導入するだけでなく、現場との地道な連携が必要なことが分かります。
AIを「単なるデジタルツール」と捉えるのではなく、全社横断的にDX戦略を考え、ゴールを設定することが重要です。そして「導入の壁」「定着の壁」を越えるためには、風通しのよい社内の体制づくりこそが成功の秘訣といえます。
パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。東急ホテルズ&リゾーツ株式会社が擁する3名のDXアドバイザーの一員として中長期DX戦略について助言を行う。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
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