NTT東日本と東京大学が、地域循環型社会の実現に向けた次世代デジタルネットワーク基盤の構築と、社会起業家の創出を目的とした産学協創協定を締結した。両者は「つながる地域、新しいミライ」をテーマに、東大の持つ多様で先端的な研究力や長い歴史のある教育システムと、NTT東日本の持つ地域密着のエンジニアリング力や先端的なネットワーク・技術力を活用したフィールドでの実践を通じて、自律型・分散型社会を主導していく。
具体的な取り組みとして、東大が先端研究を進めるバイオ分野のリモートバイオDXやローカル5Gなどの次世代ワイヤレス技術実証で実践し、地域に分散する多様な人材の育成を進める。東大の先端的なまちづくり研究やNTTの地域活性化事業の知見を用いて、次世代ワイヤレス技術といったデジタル技術を活用した社会起業家の育成プログラムなどのフィールド実践をする。
これから具体的な実践内容を詰める中、注目されているのが、NTTが2019年に打ち出した、次世代情報ネットワーク基盤のIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想だ。今回の東大とNTT東日本の産学協創では、第一段階としてリモートバイオDXにおいてIOWNの活用が予定され、成果が期待されている。NTT東日本経営企画部IOWN推進室の新國貴浩室長にIOWNの将来的な可能性を聞いた。
今回の連携のきっかけは、約1年前に東大の藤井輝夫総長が東京・調布市にある「NTTe-City Labo」を訪問した際に、NTT東日本が実践しているフィールド実践型の事例を目の当たりにし、トップ同士が意気投合したことだ。地域との連携を追求していた東大のコンセプトが、NTT東の実践していることと合致していると認識し、両者で前に進めることになった。
東大の学生の就職先もこの数年は多様化した。大企業や中央官庁への就職を希望するだけでなく、起業して地域のために役立ちたい学生もいるようだ。今回の連携は、こうした学生に対する活躍の場を提供することにもなる。新國室長は「NTT東と東大で連携すれば、フィールドでの実践とアカデミアでの学びが掛け合わされて、学生の人格形成の面からも良い影響を与えると思います。NTT東、東大はお互いに実践できる場を持っているので、両者の人材を育成できます」と今回の連携を評価している。
産学連携はこの数年で進んだ。NTT東が包括的な協定を締結するのは北海道大学、東北大学、会津大学、新潟大学に次いで5例目。東大も日立製作所、JR東日本、ダイキンなど企業との連携を増やしており、今回が13社目だ。
IOWNで、東大医学部附属病院など医療施設がある本郷キャンパスと、千葉県柏市にある東大の医学関連の研究施設を将来的につなぐことによって、病院で取得した患者の病理データ画像を遠隔地で解析すること、逆に(2017年にノーベル化学賞が授与された生体内の構造を染色することなく生のまま凍らせて観察する)クライオ電子顕微鏡のある柏で撮影された画像データを本郷に送って解析することなどが可能になる。
いままで画像データはデータ量が大きいため伝送することが難しく、ハードディスクに記憶させ、バイク便で運んでいたという。
NTT東によると、100Gバイトのデータを東京、大阪間を想定した模擬環境で送った場合、従来のやり方(TCPIP/FTP)では転送時間が80分もかかっていた。これをIOWNによるRDMAでの高速転送をすると、わずか1分で送れたという実験結果も出ている。つまりこれまでより80倍も高速で送れるということだ。
IOWNは2020年に米国の半導体メーカーのインテル、ソニーなども加わったコンソーシアム(IOWNグローバルフォーラム)が立ち上がり、NTTだけでなく国際的な連携を組みながら開発を進めている。NTTは1999年にサービスを開始して一時は大ヒットしたものの、日本人だけの技術者で開発したために世界標準化に失敗した「iモード」の苦い経験がある。それだけに、同じ轍を踏まないように、IOWNは実用化に向けては国際的な連携を意識している。
新國室長はIOWNの特徴として(1)これまでより125倍の高速で大容量データを、遅れることなく送信可能であること、(2)消費電力がこれまでのものより少ないという2大メリットを挙げる。
「IOWNの将来の姿である光電融合は研究開発中ですが、高速、大容量の送信は可能なので、今回の画像データの東京・本郷と千葉・柏間でのデータのやりとりに成功すれば、IOWNのユースケースとして画期的なものになります。世界的に見てもフィールドに実装できれば挑戦的な取り組みで、こうした事例が増えてくれば、大容量高速通信のゲームチェンジになります」と大いに期待している。
今後は2030年の最終目標に向けて、現在、世界の半導体メーカーが開発を進めている銅線を使ったナノ(1ナノは1億分の1メートル)レベルの超微細電子回路に代わって、光で受けて光でデータを送れるようになれば、半導体の製造方法にもゲームチェンジが起きるかもしれない。
そうなれば、送受信の際に電気抵抗がなくなるため、電力消費量も大幅に減らすことができる。その究極の事例として、光を使ったIOWNで送受信すれば、度々充電しなければならないリチウム電池を使っている今のスマホに代わって「1回充電すれば1年間は大丈夫」といえるほどの低消費電力のスマホの誕生も夢ではないという。
現在、日本の光ファイバーの整備率は99.8%になっており、全国に光ネットワークが広がっている。新國室長は「この光ネットワークを活用するための次の一手を探しています。多くのデータ送信が必要となる未来の街づくりや、栽培データが重要な植物工場などのスマート農業、放送局などメディアでの利用など多くの可能性があります」と予測する。
AIや生成AIを利用するケースが急増しているため、日本でも各地にデータセンターが多く建設されている。新國室長は「IOWNはメモリーを直接つないでデータを送受信できるため、電力を食うことになるCPUやGPUの稼働を最小限にしてデータを送ることができます。このため、データセンターが遠隔地にあっても、サーバー間をつなげることが可能になるので、いまのようにデータセンターを何カ所も建設する必要性はなくなります」と指摘。データセンターの数を劇的に減らせる。
1980年代のバブル崩壊から、「失われた30年」と言われた時期に、日本の技術力は低迷を続けてきた。IT技術はことごとくGAFAMと呼ばれる米国の大手ITメーカーの後塵を拝してきた。いま大流行の生成AIの領域でも彼らと対等に闘うのは厳しい情勢だ。その中で唯一、日本独自の技術で花開くポテンシャルを秘めているのが、NTTグループが開発に力を入れてきたIOWNのネットワーク技術だ。
新國室長が予測するように、日本経済の活性化につながるようなゲームチェンジ技術に成長することができるか。
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