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PBRをいかに高めるか レゾナック、NECの好例から探るROIC経営が企業を変える(2/3 ページ)

» 2024年05月24日 08時00分 公開

PER(成長期待)を高めるには

 PERを高めようとしたときの壁も大きく2つある。

 1つは、内向き化が招く新規事業を育てる経路の先細りと既存事業の置いてきぼり感である。今や事業ポートフォリオマネジメントの手法は普及してきており、事業をやめるのはうまくなっているが、それでもなお「育てる」のは苦手としている企業が多い。当然ながら、いかに評価軸を工夫し、管理する組織・プロセスを整えても、それだけで新規事業のシーズを生み・育てられるわけではない。

 よって、どの企業も目指すべき青写真として成長ビジョンや事業構造転換シナリオを示すが、それらの解像度は決して高くない。もちろん、例えば、B2Bビジネスで半導体や医療のような、分かりやすい用途向けであればまだ問題ないのだが、そうでないデジタル関連の新たな事業コンセプトになってくると漠然としてくる。

 しかも、「R&DやM&Aに●億円投資」と投資枠だけ設定しても、それだけで新規事業創出が保証されるわけではない。いわば「出口も入口も見えない状況」になり、自社内でさえ迷子になってしまう。ましてや投資家に成長期待が伝わるはずもない。また、現在のコア事業が逆風の最中にある企業の場合、新規事業にばかり焦点を当ててしまうことも多い。こうなると、既存事業も当面の収益基盤であるわけなので、全体としては「底割れ」して見えてしまう。

 これを突破するには、顧客価値起点の明確なビジョンとエコシステムを構築することが鍵である。どの企業も成長ビジョンは作っているが、例えば「対応できるバリューチェーンを拡げて新たなリカーリングビジネスを創出する」といった、供給者の論理となっている場合が案外多い。そもそも顧客目線では、現状何に困っているのか、相応の対価を支払ってくれるほどなのかが見えないのだ。供給側の視点ではなく、需要側(ユーザー)の視点でいかに新たな価値を創出するのか、ビジョンの解像度を上げる必要がある。

 そして、ビジョンには新規事業と既存事業のバランスが重要だ。既存事業についても、不都合な事実に光を当て、いかに収益性を改善していくかを明確にする必要がある。もし事業構造を転換していくならば、既存事業の梃入れも含め、その絵姿を丁寧に描くのである。

 このようなビジョンを事業構造転換の「出口」とすると、新規事業のシーズを仕込み、育てていくためのイノベーション・エコシステムは「入口」と言える。今どきはどの大企業もCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設けるなど外部協業の仕組みを有しているが、自社のミッシングピースを補うものとして、必ずしもフィットしているわけではない。大企業同士のアライアンスにおいて、過去の延長のまま、新規事業でも既存事業と変わらぬ接点で連携していたり、ベンチャーとの付き合いも国内に偏っていたりする。ビジョンに合わせて広く網を張り、機動的にピボット(方向転換)できる体制を整えることが重要だ。

 なお、顧客価値起点でビジョンとエコシステムに織り込むべき要素を抽出するには、「4つのK」に着目することが有効である(図2、3)。

(図2)顧客価値起点のビジョンとエコシステムを抽出する視点(4K)
(図3)KBF→KSF→KPIの関係性(半導体製造装置事業の例)

PBR1倍割れから脱したNECの「3つの打ち手」

 このようなビジョンとエコシステムを生かした好例が、PBR1倍割れから脱し、直近では1.5倍台にまで改善したNECである。大きく3つの打ち手が象徴的だ。

 第1に、成長ビジョンを再定義している。2023年第1四半期からこれまで顧客別に6つに分かれていた業績開示セグメントを見直し、ITサービス、社会インフラ、その他の3つに集約した。これにより、ITサービスと社会インフラを両輪とするビジネスモデルはあくまで維持する考えを示したうえで、今後は生体認証やセキュリティ、AIなどの技術を強みにITサービスの付加価値を向上させ、ITサービス専業の企業に逆転できる可能性も示唆している。

 第2に、ビジョンの解像度も上げている。自社をゼロ番目のクライアントとして最先端のテクノロジーを実践する「クライアントゼロ」の考え方のもと、自社の課題解決に資する、顧客目線でも価値のあるサービスを磨き上げている。

 第3に、新事業創出のためのエコシステムとして、「6つのイノベーションモデルを構築している。これをリードした事業開発担当役員がその後CFOを担っている(前CFOであり現社長の森田隆之氏も現CFOの藤川修氏も、経理・財務部門出身ではなく、自らPLとBSに責任を持ち、M&Aなどでリスクテイクしてきた実業経験のある人物である)のは、当社が財務・IRと事業開発の強い連関を重視している表れだ。

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