デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。
世界最大のネット通販企業Amazonが最初に出店した実店舗は、書店でした。2015年、米シアトルに出店した「Amazon Books」という書店です。
Amazon Booksは従来の書店にはない、さまざまな取り組みをしていました。
(1)普通の小売店のように価格表示ではなく、商品のレビューを表記
(2)ECサイトでのレコメンド(「この本を買った人たちは、この本も買っています」)と実店舗の陳列が連動
(3)通常の出版社別、カテゴリ別、著者別ではない独自の陳列方法を採用(評価4.8以上の書籍コーナーを設置――など)
(4)プライム会員向けに割引価格を提供し会員を獲得・維持
特に筆者がすごみを感じたのは、3日以内に読み切る人が多い本のコーナーがあったことでした。これは、読書状況がデータ化されるAmazonの電子書籍Kindleの読書体験データがあるからこそできるコーナー提案です。
他の取り組みも、オンラインの電子書籍を展開する企業ならでは、という取り組みが溢(あふ)れていたのです。
Amazonは、オンライン書店から始まり、今やあらゆる商品を取り扱う世界最大のECサイトへと成長を遂げました。そんな同社が実店舗の書店をオープンした当時、多くの人は意外に思いました。レジなし店舗「Amazon Go」ほど目に見えるテクノロジーが表に出ているわけではなかったため、店舗を視察体験した日本人は少なかったようです。
Amazonの出現は、昔ながらの書店にとって大きな脅威となりましたが、同社が新たな顧客体験価値の提供に向けて重ねてきた数々の試行錯誤は、いま、米国や日本の書店業界で起こる新たなムーブメントにつながっています。
今回は、そんなAmazonの挑戦と失敗から得られた教訓にフォーカスし、書店業界の今後を考えてみたいと思います。
20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。
現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」顧客体験(CX)部会リーダーなどを兼務する。
公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇
公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質: 小売業5.0』
Amazonの強みは、さまざまなオンライン顧客行動を活用したデータ分析とレコメンデーション機能にあると考えられます。オンライン上で収集した膨大な顧客データを活用することで、一人一人に最適化された商品提案を行っているのです。
Amazon Booksは、オンラインとオフラインの垣根を超えたシームレスな顧客体験の実現を目指していました。店内の商品陳列はECサイトでのレコメンドデータを活用しており、まるでネットとリアルが融合したかのような感覚を味わえるはずでした。
しかしながら、経年観察していても当初の実験から大きな変化は起こらなかった印象でした。筆者は、実店舗の棚はネットと異なりAmazonの強みの一つであるパーソナライズされたレコメンデーションには向かなかったことが大きな要因と考えています。
2022年3月、Amazonは全米のAmazon Books店舗を閉鎖すると発表しました。パンデミックによる客足の減少、書籍購入チャネルが想定以上に実店舗からAmazonを含めたオンライン販売に移行したこと、期待していた相乗効果を得られなかったことなどが、その理由として考えられます。
結果的に、Amazonの革新的な実書店への挑戦は必ずしも成功したものとはいえないでしょう。しかし、この試みを通じて得られた知見は、オンラインとオフラインの融合という観点から見れば、非常に貴重なものだったはずです。
Amazon創業者、ジェフ・ベゾス氏の2000年の発言に以下のものがあります。
「Amazonが他社と決定的に異なるのは、ビジネスの中核が物を売ることではないということだ。Amazonのビジネスの本質は人々の購買体験を助けることにある」
従来の小売業では、リアル店舗ありきで補助的にオンラインを活用するのが一般的でした。一方、Amazonは、デジタルで培ったノウハウをリアルの世界に融合させることで、新たな顧客体験を生み出そうとしました。こういった挑戦が企業を強くする面は大きいと考えます。
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