ユーザーの熱狂を巻き起こし爆発的に成長する企業と、そうでない企業の違いはどこにあるのか? そして、それは意図的につくり出せるものなのか? The Breakthrough Company GOでクリエイティブディレクターを務めながら、経営学者・入山章栄教授のもとで経営理論の研究を行う筆者が見いだした、新たな経営×クリエイティブのフレームワークを紹介します。
前回の記事では、企業がこれからの時代に生き残るために、強い“宗教”が必要であること、パーパスがそのための”教義”となることを、スターバックスの事例を通して解説しました。
そして同時に、パーパスを掲げるだけでは問題は解決せず、ほとんどの企業が失敗パターンに陥っていることも指摘しました。
パーパスを設計する段階で陥りやすい失敗とは何か。機能するパーパスをつくるために、そしてつくったパーパスを組織にインストールするためにどうすればいいのか?
今回は、筆者が経営理論の研究から開発した、企業の”宗教”をつくるフレームワーク「パーパス・ディープニング」についてお話しします。
まずは、フレームワークのベースとなっている「SECI(セキ)モデル」に関して説明しましょう。SECIモデルは、一橋大学名誉教授・野中郁次郎氏による経営理論で、「知の創造」、つまり組織がどうやって新たな知を生み出すのかというメカニズムを解明したものです。
理論の前提となるのは、組織の中にある「形式知」と「暗黙知」です。形式知とは、言葉や図で表現でき、人に伝えることが可能な知識のこと。企業でいえば、業務マニュアルや営業スクリプトなどがこれに当たるでしょう。それに対して、暗黙知とは、経験に基づく主観的・身体的な知識のこと。例えば、熟達した職人のノウハウや、経験豊富な経営者の勘が一例です。
SECIモデルは「個人の中に眠る暗黙知を組織全体に広げ、また新たな暗黙知が生まれる土台をつくる」という知の創造のダイナミックなサイクルを4つのステップで描いています(図1)。
このサイクルを回すことで、組織は新たな暗黙知と形式知を獲得し、知識を増大させていくのです。
パーパス・ディープニングは、このSECIモデルをパーパスの開発・実装に応用したもの。経営者の暗黙知をパーパスとして教義化し、そのパーパスを組織のカルチャーになるまで浸透させるためのフレームです。概要を図にまとめました(図2)。
パーパス・ディープニングもSECIモデルに対応する4つのステップで構成されており、大きくは「教義化フェーズ」「カルチャー化フェーズ」の2つに分かれています。それぞれのフェーズを具体的に見ていきましょう。
ステップ1で重要になるのが、経営者と対話する側の「教養力」です。パーパスとは「世界にとってその企業の存在意義とは?」を定義するものであるため、当該企業のビジネス理解はもちろん、他業種の知識や、社会の大きな流れへの洞察、場合によっては文化や哲学、倫理など、あらゆる視点から経営者の思考を浮かび上がらせることが必要になります。
SECIモデルにおいても、暗黙知を形式知にするには「比喩」「類推」「仮説化」が効果的であることが指摘されています。まだ言語化されていない概念を引き出すために、他分野の事例や構造を用いることが有効になるのです。
ステップ2で重要なのが、パーパスを周囲に伝播させる「言語化力」です。概念自体がすばらしいものであったとしても、他者の理解や共感を生む言葉になっていなければ意味がありません。優れたキャッチコピーが人の心を動かすように、パーパスもその伝わり方にまで気を配ることが大切なのです。
「パーパスを掲げることに失敗している企業がほとんど」と前回も書きましたが、大半がこの教義化フェーズでつまずいています。よくある失敗パターンを3つ挙げましょう。
まず1つめが、対話のレベルが浅く、暗黙知を引き出しきれないパターン。自社のビジネスや競合環境に終始してしまい、社会的な視点が抜け落ちることで、パーパスが企業の存在意義と呼べる視座にまで達しないことがあります。スターバックスの「サードプレイス」は、”コーヒー”という事業を超えて”人の居場所”という社会性に踏み込んでいるからこそ共感を呼ぶのです。
2つめが、関係者の意見を聞き過ぎて漠然とした概念になるパターン。大企業に多いのですが、さまざまな人々のネガティブチェックを経た結果、当たり障りのないことしか訴求できなくなることがしばしばあります。よく見かける「あなたと地球の未来をつくる」のようなどこの企業でも言えるパーパスは、この結果であることが多いです。
そして3つめが、言語化がうまくいっていないパターン。例えば同じ内容を訴求するにも「次世代のイノベーションを起こす」と「明日の常識をつくる」では伝わり方が異なります。前者のような陳腐化された言い回しではなく、人々の記憶に残り共感を生むような”How”の追求も忘れてはなりません。
この「教養力」「言語化力」を経営者が持ち合わせている、または組織内でまかなえるケースは滅多にないと筆者は感じています(ごく稀にありますが)。ポジショントークをするわけではないですが、自社に足りない能力を判断し、専門家の力を適切に借りることが成功率を上げることにつながるはずです。
最後に、筆者が実際に使用しているパーパスの構造図を紹介して、教義化フェーズの締めとしましょう(図3)。
これは、イノベーション研究の第一人者であるジェラード・ジョージ氏が過去のパーパス研究についてレビューした論文をベースに、筆者がこれまでパーパス策定で培ってきた知見を生かしてまとめたものです。
たまにパーパス/ミッション/ビジョンの定義が曖昧(あいまい)になって同じような言葉が並んでいる事例を見ることがありますが、ここでは事業のWHY(存在意義)/WHAT(内容)/WHERE(目的地)という整理をしています。
パーパスは基本的には不変ですが、ミッションやビジョンは事業環境や社会の流れによって変わることもあり得ます。
また、一般的に軽視されがちであるものの、バリューは企業の個性を決定する重要な鍵です。人間の場合も、価値観や行動基準が人となりを規定するように、何をすべきか・何をしてはいけないかを解像度高く設定することが企業の人格と、共感を得られるかどうかを大きく左右します。そのため筆者は、バリューを人事評価項目と連動させることを推奨しています。
そして、これらに一貫したストーリーを与え、パーパスに込められた想いを伝わりやすくするステートメントをつくることで、”教義”は完成します。
次は、策定したパーパスを組織にインストールするフェーズです。まずステップ3で、パーパスに対するメンバーの理解と共感を深めます。さらにステップ4で、パーパスに反復的に触れさせることで、組織のカルチャーへと深化させていくのです。
ステップ4は、経営学の「ルーティン」という概念に基づいています。ルーティンとは簡単に言うと「組織として定型化された、繰り返しの行動パターン」のこと。組織の人々がある行動をルーティンとして反復することで、無意識でも行えるようになる=組織の暗黙知として共有される、という考え方です。
このフェーズで具体的に行うべきことは、以下の3つのカテゴリーに分類されます。「シンボル(象徴)」「バイブル(教典)」「リチュアル(儀式)」です。
・シンボル
主な例として、企業のVI(ビジュアルアイデンティティ)が挙げられます。スタートアップではVIをシールにしたり、おそろいのTシャツをつくったりすることも多いですが、パーパスに込められた精神を、デザインや記号などで視覚的に喚起させる役割を持っています。また、オフィスデザインも毎日触れるひとつのシンボルです。例えば「社会のあらゆる変化と挑戦を応援する」を掲げる当社では、”挑戦”を象徴するリング型の打ち合わせスペースをオフィスの真ん中に設置しています。
・バイブル
カルチャーデッキ、人事評価制度、創業からのナラティブをまとめた動画など、形態はさまざまです。変わったところでは、制定したパーパスをSlackなどのスタンプにすることも。論理的にパーパスの理解を深めるものと、感情的にパーパスへの共感を深めるもの、2つの役割があります。スノーピークの新潟本社には、全国のユーザーから寄贈された歴代の名品とともに企業の歴史を学べるミュージアムがありますが、これは体験型のバイブルといえるでしょう。
・リチュアル
ワークショップや表彰制度、経営合宿などがこれにあたります。コンテンツを通して帰属意識を高めるとともに、パーパスで奨励される行動を体感させることが狙いです。リクルートやサイバーエージェントは、表彰制度をうまく活用している企業として有名です。表彰された社員のモチベーションやロイヤリティを上げながら、その人選で会社の進むべき方向性を周知させる、さらには成功している社員のノウハウを全体に共有するなど、いくつもの効果を企図しているといいます。
つくっただけではパーパスは機能しませんし、短期間で浸透させようとしてもメンバーの共感を得ることは難しいです。いかに反復的かつ継続的にパーパスに触れてもらうか、その精神を感じてもらうかが、強い”宗教”をつくれるかどうかを決めるのです。
今回はパーパス・ディープニングの理論について解説しましたが、ではどういったプロセスで教義化を進めているのか、カルチャー化には何を行なっているのかを、具体的なクライアント事例を通して、次回お話しましょう。
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