マーケティングはビジネスを成功に導く武器です。しかし、その領域は広範で専門性が高いことに加え、テクノロジーの進化や消費者ニーズの変化を常に反映させる必要があるため、簡単に扱えるようにはなりません。にもかかわらず、基本の学び方を理解せずに迷子になるマーケターが後を絶ちません。本連載では「マーケティングの学び方を学ぶ方法」を解説します。マーケティングの学習法を身に付けて初めて、マーケターのスタートラインに立つことができます。トライバルメディアハウスの「マーケティングの学び方を学ぶ塾」開校です。
マーケティング初学者(特に熱心に勉強する人)の多くが樹海や迷宮に入り込み、迷子になってしまう最大の要因は、マーケティングを学ぶ前に「学び方を学んでいないから」です。
算数の学習をすっ飛ばして数学が学べますか? 無理ですよね。多くの学問は積み上げ型です。受験科目が1科目しかない国家資格がありますか? ありませんよね。責任のある専門領域を担うために必要な国家資格は、大半が5〜10科目を体系的に学び、関連領域を含めてマスターしなければなりません。
かたや、広告宣伝、広報PR、マーケティングに従事する人はどんな学び方をしているでしょう。
マーケティングを学ぶとき、多くのマーケターがハマる3つの罠があります。
一番の問題はこれです。新しい概念や施策、流行っているもの、具体的なノウハウや(ラクして成功できそうな)Tips、話題の成功事例にばかり飛びつき、基礎となる理論や原理原則を学ばない傾向があります。
基礎を飛ばしてしまうことで生じる問題は、以下の5つがあります。
一つずつ解説していきます。
突然ですが、僕の趣味はウィンドサーフィンです。サーフィンのボードにヨットの帆みたいなものが付いていて、風の力で海面を進む(サーフィンと比べてだいぶマイナーな)マリンスポーツです。鎌倉や逗子の海岸に遊びに来たことがある方は見たことがあるかもしれません。
ウィンドサーフィンもヨットも風の力だけで進むため、風向きによって進める方向が変わります。そして、デッドゾーンと言われる風上45度の方角には進むことができません。
ただし(よくできているもので)ちゃんとした知識と技術があれば、クローズドホールドという方向に限り、風上にも進めます。風下に進むのは初心者でも簡単にできます(帆を上げて放っておけば勝手に風下に流されます)。
しかし、目的地に着くため、または出発地点に戻るためには、ほぼ確実に「風上に進む」必要があります。そして、風上に進むためには「何をどうしようとデッドゾーンには進めない」という原理原則と、風上(クローズドホールド)に進むためには帆をどの角度で保つべきか、足の荷重はどうするべきかなどといった操舵理論が頭に入っていなければなりません。知らないことは実行できず、実行できなければ風上に進めず浜や岸に帰ってこられなくなるため、スクールでは必ず最初に「風の基礎知識」を学びます。
マーケティングも同じです。マーケティングの目的は「お客さまに買っていただくこと」ですから、相手(対象)は人間です。人間は、どんなときに、どんな商品やサービスを欲しくなるのか。逆に、どんなとき、どんな商品やサービスには興味を持たないのか。広告宣伝やPRやSNSなどのマーケティングコミュニケーションは、商品やサービスを買っていただくために、お客さまの意識と態度を変え、時として行動を変えることがゴールとなります。
そして、これらの領域には数多くの先人が膨大な時間と労力を費やし、構築してくれたマーケティングを行う上での前提条件(「できること」と「できないこと」)や、成功の確率を上げ、失敗の確率を下げるための理論が存在します。
これらを学ばず、根性論で頑張ったところで、うまくいく可能性は低いのです。
原理原則や理論を学ばずとも、場数を踏んでいることで、「思っていたよりもうまくいった経験」を持っている人も少なくないでしょう。
しかし、その「成功」を再現する(別の機会にもう一度成功させる)ことはできますか?
成功にも失敗にも、パターンや法則があります。それが体系的に整理・構築されたものが前回の連載で紹介したさまざまなマーケティング理論です。
なぜ成功したのか? 何が効いたのか? 他のケースでも使える成功(または失敗の)本質は何だったのか?──これらが言語化できないということは(仮に施策が成功したとしても)ビギナーズラック、ラッキーパンチ、時の運、偶然の域を出ておらず、安定的な打率で施策を成功させなければならないプロのマーケターとしては失格と言わざるを得ません。
プロの条件は、安定的な打率で再現させられるかどうかであり、そのためには言語化するための基礎知識が必要不可欠なのです。
あなたがまだ「教えてもらう」側であれば問題ありません。ただ、歳を重ね、チームを率いていく立場になったとき、言語化できないことが大きな問題を生むことになります。
それは、基礎知識を持っていない人の話は冗長で分かりづらいということです。なぜうまく行ったのか? なぜうまく行かなかったのか? うまく行くためには何をどうするべきなのか? それはなぜか? などを過去の経験や表面的にさらった情報でしか説明できないのです。
的を射ていない、または物事の本質を捉えていない表層的な説明や教育・指導で、後輩マーケターを育てることは至難の業です。まさに「見て盗め!」の世界になってしまうわけですが、マーケティング業務の多くは「考えること」ですから、外からは見えません。若いマーケターを育て、強いチームを作るためには、体系的に、論理立って、適切な言葉で説明してあげられる言語化スキルが必須であり、それは基礎知識の有無に強く影響を受けるのです。
マーケティングの世界で生まれるさまざまな考え方や手法が陳腐化するスピードも早まっています。検索順位を上げるSEOテクニック、CPAを下げる広告運用ノウハウ、InstagramやYouTubeの最新アルゴリズム攻略Tipsなど、多くのマーケターは「誰にでも」「それほど苦労せず」「すぐにできて」「確実に成果が出る」「答え」を探す傾向にあります。
しかし、それらはマーケティング全体から見れば極めて局所的かつ表層的なものに過ぎません。なにより、メディアや消費者、プラットフォーマーの変化が激しい現代において、それらのテクニックやノウハウは一時的にしか通用しません。時代の変化とともに、市場の形勢そのものが大きく変わり、蓄積してきた経験やノウハウが役に立たなくなってしまう可能性すらあります。
目に見える「具体(ノウハウやTips)」は、誰でも分かりやすく、短期的視点でのパフォーマンス向上には役立ちます。しかしその分、陳腐化のスピードも早いことにもっと自覚的にならなければなりません。
ここで再度、個人的な趣味の話を。最近はほとんど行っていませんが、以前、僕はゴルフにドはまりしていました。毎週のように打ちっぱなし(練習場)に行き、300発も400発も打ち込んでいたのですが、そこには必ずと言っていいほど「独特なスイング」をする方がいました。球は前に飛んでいるし、そればかりか「それなりに上手」です。しかし、とにかくスイングが独特なのです。
僕はそういった方を見て、毎回(失礼ながら)「ああ、最初にきちんとしたレッスンを受けなかったんだな」と感じていました(それでも、少なくとも僕よりはスコアは良いのでしょうけれども……)。
陸上競技もゴルフも水泳も、あらゆるスポーツで活躍する第一線のプロは、みんな「フォーム」がほぼ同じです。もっと早く、もっと正確に、もっと持続可能な状態で記録を出すために、ありとあらゆる選択肢を試し、行き着いた先が「共通化されたフォーム」であり、「型」なのでしょう。
「型」を学ばずとも、見よう見まねで数多くの経験を積めば、我流でも「一定のレベル」までは上達します。しかし、プロの世界は零コンマ数秒や1点差で勝敗が決するシビアな世界です。その競争で勝つには、一切の無駄を排除した「正しい型」の上に自身の特性に応じたチューニングが施されている必要があります。
マーケティングは実践学ですから、理論や原理原則なんて知らずとも、成果さえ出せればいい世界とも言えます。しかし、もしあなたがマーケティングの第一線で活躍し続けるハイパフォーマーになりたいのなら、そこでの戦いは我流では立ち行きません。
プロのスポーツ選手同様、型を学び、完璧に習得した上で、オリジナルの強みやノウハウを形成していかない限り、早晩必ず限界がやってきます。言い古された表現ですが、高く頑丈な建造物を建てるためには、正確かつ強い土台(基礎工事)が必須なのです。
以上が、マーケティングを学ぶとき、多くのマーケターがハマる3つの罠の1つ目です。
2つ目の罠は、学ぶ順番を間違ってしまうことです。
応用や実践編の前にまず基礎を徹底的に学ぶことが大事なことは前述した通りですが、ここでお伝えしたいのは難易度の順番です。基礎や理論が大事とは言え、いきなり700ページを超える、コトラー&ケラー&チェルネフ著『マーケティング・マネジメント』(丸善出版)に手を付けても、高い確率で「???」となり挫折する未来が待っています。
マーケティング初学者は「難解×完全網羅」から入らず、「平易×ざっくり全体感」から入りましょう。僕がおすすめしている学び(主に読書)の5ステップは連載の第3回で詳しくお伝えします。
マーケティングを学ぶとき、多くのマーケターがハマる3つの罠の最後は、体系を意識しないことです。マーケティングは幅が広く、一つ一つの奥が深いため、全体の体系を意識しながら学ばないとすぐに自分が「どこの何」を学んでいるのかが分からず、迷子になってしまいます。
迷子にならないためには、常に全体感を意識しながら学ぶことが大切です。ちまたには、個別の詳細課題を解決するためのノウハウやTipsが溢(あふ)れています。それらを地上1.5メートルの視座で目に入った順に拾っていくのではなく、地上1000メートルの視座から全体を俯瞰(ふかん)して眺め、必要な情報を必要な場所に整理しながら格納していくイメージを持ちましょう。
そのためには頭の中に「この情報はここ、こっちの情報はここ」と整理するための「書棚」が必要です。そしてそのあなたの頭の中の書棚についているタグの種類(例:戦略、リサーチ、広告など)と、タグの設計(例:広告とPRと販売促進は「マーケティングコミュニケーション」でくくられている)を正しく行うためには、個別理論を学ぶ前に全体感を把握することが必要なのです。
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