リテール大革命

異色のホームセンター「ハンズマン」が、あえてPOSシステムを導入しないワケがっかりしないDX 小売業の新時代(1/2 ページ)

» 2024年09月30日 07時00分 公開
[郡司昇ITmedia]

連載:がっかりしないDX 小売業の新時代

デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。

 現代の小売業界において、POSシステム(Point of Sale:販売時点情報管理)はあって当たり前のものといえるでしょう。販売データの把握や在庫管理など、小売業の効率化には欠かせないシステムです。しかし、創業1914年(大正3年)で、110年の歴史を持つDIY型ホームセンター「ハンズマン」(本社:宮崎県都城市)は、あえてPOSシステムを導入していません。

 そこには、同社独自の経営理念が反映されています。今回はハンズマンの事例を通して、デジタル化の本来あるべき姿や、独自性がいかに市場における競争優位性を形作っていくかを考えたいと思います。

ハンズマンがあえてPOSシステムを導入していない理由とは?(同社公式Webサイトより)

著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)

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20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。

現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」顧客体験(CX)部会リーダーなどを兼務する。

公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇

公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質: 小売業5.0


年に数個しか売れない商品も取り扱う

 九州を中心に展開し、2023年10月12日に大阪府松原市に初の九州外店舗をオープンしたハンズマンの特徴は、まず圧倒的な品ぞろえにあります。最新店舗では、一般的なホームセンターの3倍以上にあたる約28万品目もの商品を取り扱っています。

 これは「品ぞろえを決めるのはお客さま」という方針のもと、顧客の声に耳を傾け続けた結果です。同社は、年間数個しか売れない商品でも積極的に取り扱います。一般的には非効率とされるこの戦略を、ハンズマンは「お客さまに感動を与える」ための重要な要素と位置付けています。「ハンズマンに行けば必ずある」という信頼感を醸成し、時には「こんなものまである!」という驚きを提供することで、顧客満足度の向上を図っているのです。

顧客の声をもとに、年間数個しか売れない商品でも積極的に取り扱う(同社公式Webサイトより)

 多くのドラッグストアでオーラルケア棚割に入っている「LION電動アシストブラシ」という商品があります。そして99%の店舗はこの本体と本体に付属しているシステマ歯ブラシの替えだけを扱っています。

 しかし、この商品の替えブラシには、クリニカやノニオブランドの物も発売されています。ドラッグストアでは置いていませんが、ネット通販のAmazonやLOHACOにはあるので、リピーターはオンラインショップで購入することになります。

 筆者がハンズマン大野城店に買い物に行った時に、この替えブラシが置いてあって驚きました。なお、この商品の値札ラベルには売価の他に「250824」という6桁の数字が打たれていました。おそらく日用品について入荷もしくは発注日から1年後の日付を打つルールなのでしょう。

値札ラベルには売価の他に6桁の数字が打たれている(筆者撮影)

 品ぞろえだけでなく、各店舗につき100人を超えるフロアスタッフによる接客も特徴的です。単なる商品販売にとどまらず、住まいと暮らしに関する幅広い情報提供を行うため、豊富な商品知識を持つプロフェッショナルを多数配置しています。この人的投資は「ただ単に物を売るだけなら30人で運営できる」という同社の認識からも、いかに重要視されているかが分かります。

POSシステムを導入しない理由

 なぜハンズマンはPOSシステムを導入しないのでしょうか。その理由は主に3つあるといいます。

 第1に、ネジや木材など、取り扱い商品の約半数にバーコードが付いておらず、全商品へのバーコード貼付に莫大なコストがかかることです。DIY用品や建材などを多く扱うホームセンターでは、バーコードのない商品が多いのが実情です。これら全てにバーコードを付けるのは、コスト面だけでなく運用面でも大きな負担となるので省略する決断をしたのです。

 第2に、同社は既に独自のシステムで適正在庫管理を実現しており、POSシステム導入のメリットが少ないことです。POSシステムは確かに販売データの詳細な把握や在庫管理の効率化に役立ちますが、ハンズマンはこれらの機能を独自のデジタルシステムで代替しているとのことです。

 第3に、バーコード貼付を前提条件とすることで、顧客の要望に応じた柔軟な商品導入や「即時バラ売り」などのサービスが制限されてしまうことです。

 ハンズマンでは「手袋の右手だけがほしい」という顧客には片方だけを販売するというきめ細やかなサービスもしています。

 また、顧客ニーズに迅速に応えるため「要望商品メモ」という仕組みを導入しています。これは、顧客の要望を店員が直接聞き取り、本部で迅速に商品化を検討するというものです。POSシステムへの登録を前提とすると、このような柔軟かつ迅速な商品導入が難しくなってしまいます。

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