この記事は、『生成AIで世界はこう変わる』(今井翔太著、SBクリエイティブ)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。
「特別なスキルを必要としない賃金が低い仕事であるほど、コンピュータ/AIによる自動化の影響を受ける可能性が高い」
これは、コンピュータ/AIが労働に与える影響を分析する研究で、長らく共有されてきた主張です。この分野の研究はいくつか例がありますが、ほぼ全てでこの結論に達していたと言っていいでしょう。
ディープラーニング登場直後の2013年に発表された、オックスフォード大学のカール・フレイとマイケル・オズボーンによる世界的に有名な論文「雇用の未来」でもこの主張がされています。また、2019年に出版された、同じくカール・フレイによる書籍『テクノロジーの世界経済史』(翻訳版は2020年、日経BP刊)でも、数多くの研究を俯瞰(ふかん)しながら同様の主張にまとめられています。
では、生成AIが登場した2023年現在に広く共有されている主張はどうなっているのでしょうか。先に結論を述べておきましょう。
「高学歴で高いスキルを身につけている者が就くような賃金が高い仕事であるほど、コンピュータ/AIによる自動化の影響を受ける可能性が高い」
これはOpenAI社などが発表した論文「GPTs are GPTs」の主張です。1つの研究分野の主張が、ここまで完全にひっくり返ることは歴史的にも稀(まれ)でしょう。一体どういうことなのか、具体的に説明していきます。
まず、前述したオックスフォード大学の論文を見てみましょう。本論文の原題は“The future of employment: How susceptible are jobs to computerisation?”(雇用の未来―仕事は機械化によってどれくらい影響を受けるのか?)で、全702個の職種についてAI(機械学習)やロボットによる影響をどれくらい受けるのかを分析しています。この論文は、ディープラーニングの登場直後に発表されたというタイミングとその分析の規模から、大きな反響を呼び、AIと労働に関する議論では確実に参照される論文となっています。
図3-1に、本論文において示された、機械化の影響を受けにくい/受けやすい職業をそれぞれ1〜25位までまとめています。
影響を受けにくいとされる職業は、全体的に高度な判断力や創造性、数理的な思考、人との感情を重視した対話を必要とする傾向があります。一方で、影響を受けやすいとされる職業は、作業の内容がほとんど決まっており、作業内容に変化が生じにくいものが多くなっています。
最終的な結論としては、全職業のうち47%が機械化の影響を受けるだろうとしています。
次に、2023年にOpenAI社とペンシルベニア大学が共同で発表した論文を見てみましょう。原題は“GPTs are GPTs:An Early Look at the Labor Market Impact Potential of Large Language Models”(GPTは汎用技術である―大規模言語モデルが労働市場に与える影響についての早期の見解)というものです。この論文では、GPTのような言語生成AIやその拡張システムによって、各職業の労働がどれくらい影響を受けるのかが分析されています。
特に言語生成AI周辺の技術に焦点を当てており、その点ではコンピュータやロボットなど、機械化全般に焦点を当てていた2013年の論文とは異なります。ただ、それぞれの時点におけるコンピュータ科学技術の最高到達点に目を向けているという点では、比較に値する内容です。
図3-2に、本論文において示された、AIの影響を受けにくい/受けやすい職業をそれぞれ25種まとめたものを示しています。厳密に各職業名などが対応しているわけではないのですが、2013年の研究と比較すると、傾向が全く異なることが一目で分かるでしょう。
影響を受けにくいとされる職業は、ほとんどが手足を動かす肉体労働を行うもの、いわゆるブルーカラーと呼ばれる職種です。一方で、影響を受けやすいとされる職業は、エンジニアや研究者、デザイナーなど、高度な判断力や創造的な思考が必要とされるもの、いわゆるホワイトカラーと呼ばれる職種です。
最終的な結論として、全職業の8割がなんらかの影響を受け、さらにそのなかの2割ほどは労働の半分がAIに完全に置き換えられるレベルの影響を受けるだろうとしています。さらに同論文内の分析を見てみましょう。図3-3を見てください。
この図が主張しているのは、冒頭でも少し触れた次のような内容です。
「高学歴で高いスキルを身につけた者が就くような賃金が高い職業であるほど、生成AIによる自動化の影響を受ける可能性が高い。ただし、本当に習得に時間がかかる高度なスキルが必要とされる職業に関してはその限りではない」
図3-3を見てみると、必要とされる訓練が短い、または学位の要求が低く、賃金が低い職業であるほどAIの影響を受けにくく、逆に訓練期間が長く、学位が必要で、賃金が高い職業であるほどAIの影響を受けやすいという傾向があります。ただし、弁護士のように最も賃金が高く、訓練に必要な時間も長い職業については、AIの影響の受けやすさの値は高いものの、その程度は限定的です。
なお、ここで示したのはあくまでもGPT-4が登場した初期の時点での見解ですので、それ以降も急速にAIが発展していることを考えると、実際の影響はこれどころではないでしょう。
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