国民民主党が掲げる「手取りを増やす」政策が注目を集めている。基礎控除と給与所得控除の引き上げによって、年収500万円の世帯で約13万円の減税を実現する同党の提案に、与野党が政策協議に乗り出すなど反響は大きい。
だが、手取り増を実現できるのは政治だけではない。あまり知られていないが、例えば月収40万円、家賃10万円の場合、企業の負担は「実質ゼロ」で従業員の手取りを最大年22万円増やせる仕組みが存在する。
マネーフォワードは2024年11月27日、福利厚生賃貸サービスを展開するスタートアップのシャトクの買収を発表した。「マネーフォワード クラウド福利厚生賃貸」に名称に改め、同社ブランドでの拡大を進める。
「社宅にまつわる制度を使えば、企業も従業員も得をする」。シャトクの千葉史生社長はこう説明する。従来は煩雑な手続きがネックだったが、同社はシステム化で解決。政治とは異なるアプローチで手取り増を実現する“賢い社宅制度”の仕組みと可能性を探った。
月給40万円の会社員の場合、税金や社会保険料を支払うと、手取りは約31万円。この会社員の手取りを、会社の負担は「実質ナシ」で月1万8000円増やすことができる――。シャトクは提供する社宅制度を、意外な方法で実現させている。
「数十年前からある制度を活用したもの」と千葉氏は説明する。従業員が借りている賃貸物件を会社名義に切り替え、家賃を給与から天引きする仕組みだ。いわゆる社宅とは異なり、今住んでいる部屋にそのまま住み続けられる。
家賃10万円の物件であれば、まず70%相当の7万円分、給与を引き下げる。そして残りの3万円は給与から家賃として天引きする。給与から10万円を差し引く代わりに、会社側が家賃を支払う。会社も従業員も負担額は変わらないが、ポイントとなるのは、給与が7万円下がることだ。
給与が7万円下がることで、所得税と住民税の計算基準が下がる。さらに、社会保険料の算定基準となる標準報酬月額も下がるため、厚生年金保険料と健康保険料も減額される。
手取り増加額は、年収や家賃によって変わる。所得税は給与額が大きいほど税率が高い累進課税になっているため、年収が高いほど税金が減る効果が大きいからだ。シャトクの試算では下記の効果が見込めるという。
社会保険料は労使折半なので、企業にとっても負担が減るメリットがある。従業員1人当たり月約1万円のコスト削減効果が見込める形だ。「福利厚生の充実と経費削減を両立できる点が評価されている」とシャトクは説明する。
ただし、デメリットもある。将来受け取る年金額に影響が出ることだ。シャトクの試算では、月収30万円で家賃8万円の物件に5年間この制度を利用した場合、年金月額が約1000円減少する。
「しかし現在価値で考えれば、毎月の手取り増加分を資産形成に回すことで十分にカバーできる」と千葉氏は話す。計算上、年収が下がる形になるが、制度利用時に企業が収入証明書を発行することで、住宅ローンの審査に影響しない仕組みも整えた。
こうしたお得な制度は、しばしば法改正で利用できなくなってしまうことが多いが、「この仕組みは、企業が福利厚生として現物給与を提供する際の税制を定めた法律の一環。数十年前から存在する制度であり、根本的な制度変更のリスクは低い」と千葉氏は強調する。
こうした施策は、JT(日本たばこ産業)や野村證券などの大手企業において「借り上げ社宅制度」として導入されている。
一方、中小企業への普及は進んでいない。最大の壁は、賃貸契約の切り替えと給与計算の複雑さだ。従業員が住む物件を一つずつ法人契約に切り替え、毎月の家賃支払いと給与計算を連動させる必要がある。これまでこうした業務をこなすには、人事部門か総務部門に専任担当者を置く必要があった。
「100人規模の会社で導入すると、100件の賃貸契約を個別管理し、毎月100回の家賃振り込みが発生する。中小企業では手が出ない」と千葉氏は指摘する。シャトクはこの課題をシステム化で解決した。不動産管理会社との契約変更手続きを代行し、家賃の支払いも一括処理する。給与システムとの連携で控除額の自動計算も可能だ。
月額利用料は従業員1人当たり4900円。「社会保険料が平均で月1万円程度削減額できるので、実質的な負担はない」(千葉氏)という。また、今回のマネーフォワードによる買収を機に、初期費用として発生する名義変更手数料を100社限定で無料化する。
マネーフォワードの駒口哲也執行役員は、「バックオフィス業務の効率化にとどまらず、従業員の手取り増加という攻めの人事施策を実現できる点を評価した」と買収の理由を説明する。
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